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怪物退治をする為には、街中に戻らないといけないらしい。
街外れの林道から入り口に迂回して戻る途中、手持無沙汰なことも相まって会話が進んだ。
「それにしても災難でしたね。荷物、盗まれちゃうなんて」
「大した物も入ってませんから」
窺うように横を見上げると、ムクロは涼しい顔をしていた。本当に気にしてなさそうだけど、荷物を盗まれても涼しい顔をしてられるって、よくよく考えなくてもすごいよな。
隣から見上げるだけだと、やせ我慢なのか気にしていないのかも分からない。あまり感情を表には出さない人なんだろう。
オレなんか飴失くしただけで泣きそうだったのに。……いや、飴失くして帰れないってのが泣きたいんであって、飴に執着は……。
「何かあったら言って下さい。……お金以外なら」
「くふふ、平気ですよ。金銭は持ち歩く主義なので、盗られたのは代えの利く物ばかりです。必要なものは買い足せます」
本当に、気にしてないようだった。
「なら、いいですけど。あ、でも盗難届とか出した方がいいですよ」
いくら気にしてないからって、諦めることはないのだと言いたかったんだけど、ムクロはやっぱり涼しい顔のまま。
「いいんです。戻って来ない確立の方が高いですからね。
――――知りませんか? 近頃は怪物の山賊が流行っているそうですよ」
「怪物の? 知らないです。そんなの居るんですか」
「知らないんですか?」
怪物づかいのくせに? と訊かれているような気がして思わず口がへの字に曲がる。
……いいけど。信じてないなら握手とか求めんなよ。
「知らないです。オレ、街じゃなくて山に住んでるんで、噂とかに疎いんです」
「へぇ? その歳で隠居ですか?」
「……似たようなものです。ムクロさん? は怪物退治の仕事をしてるんですか?」
追及されてばかりなのは腹が立つので、強引に話を変えてみる。ムクロはちらりとこっちを見てから、さして文句もなく話題変えに沿ってくれた。
「ええ。主に、ですが。頼まれれば大抵は引き受けますね。怪物退治に、悪魔払い」
節操無しなんです。とムクロが苦笑した。
「あ、悪魔ですか……」
「見たことないですか? 悪魔」
「ないです」
ないっていうか、本当にいるんだ。本の中の存在だと思ってたよ。
でも、そうだよな。怪物がたくさんいる世の中だし、悪魔ぐらい居てもおかしくない。
「悪魔払いなんて、なんだか神父さんみたいですね」
「――――。そうですね」
微妙な間を置いて、ムクロが声だけで頷いた。思わず視線を横に投げる。
「教会と縁あっての職業ですから、そう思われても仕方がない」
「……?」
「ツナヨシくんは、今までどれぐらいの仕事をこなしてきたんですか?」
「え?」
いきなり話を飛ばされて、面食らう。
ムクロは興味深そうにこっちを見ていて、――気のせいだったみたいだ。
「仕事って、言われても……」
「今回が初仕事って訳でもないでしょう?」
「言いにくいんですけど、初仕事です。オレ、怪物づかいに成ったのはつい最近ですから」
ムクロが笑ったまま片眉を寄せた。
思うんだけど、この人の笑った顔っていうのは営業用というか、看板のような感じがする。
「成った?」
「前まで農場で働いてたんですよ」
ぴたりと、ムクロが足を止めた。
二歩ほど遅れて立ち止まって、振り返る。
怪訝なようで、複雑そうな、その中間の表情でムクロがオレを注視した。
「本気で言ってるんですか?」
「本当、ですけど」
「――――――」
「……??」
ムクロが何かを言いかけて、口を噤む。
頭痛を堪えるように手を側頭部にあてて眼をきつく伏せた。見て分かるぐらい苛立っている。
少し怖くなって後ずさろうとしたけど、ムクロが睨むような眼でこっちを向いた。
「農業を営んでいた君が、ある日突然怪物づかいに目覚めたと?」
「目覚めたんじゃなくて鍛えられたんです。リボーンっていう、魔法使いに」
「――――君は、」
言いかけて、また閉じる。
気をとり直すように息をついて、ムクロが近づいてきた。
ひと呼吸で平静を取り戻したと、そんな風に見えた。
「それならどうして、吸血種の匂いをつけて歩いているんですか? 今回が初仕事だったのでしょう?」
「匂い? あー、」
そういえば、最初に槍を突きつけられた時も同じようなこと、言ってたっけ。
ムクロが詰め寄ってくる。滲みでる苛立ちと相まって、ごまかしの利かない迫力があった。
言っていいものか迷いつつ、寝癖で跳ねた頭を掻いた。困ったっていうポーズなんだけど、ムクロは全く諦めてくれない。
仕方ない。ここまで話したんだし。こっちに後ろめたい思いは微塵もないんだからと、正直に言った。
「オレ、吸血鬼と住んでるんです」
「――――――」