婚約者
□昼休み
1ページ/3ページ
さて、転校初日から浮きまくりの松寿。そんな彼に気を配ることなく時は進んでいく。つまり、私は初めての松寿と一緒の昼休みを迎えたわけだ。
「せんりー、昼食べよう!」
「食べ…あ、ちょい待ってー!あ、いや、先食べててー!」
パソコンを見たままの松寿が目に入った瞬間、私は友達にそう言っていた。これ、松寿もしかして今日お弁当持ってきてないんじゃないだろうな。そうならまずい。うちはなんの変哲もない公立高校だぞ。購買なんてコンビニのパンみたいなのと近所の肉屋のコロッケやらなんやらしかない。そんなもん松寿が食べるだろうか。
「松寿。お弁当持ってきてる?」
念のためというか、希望をつなぐため私は松寿に聞いてみた。
「いや。」
案の定、希望は打ち砕かれるわけで…どうすりゃいいんだ?コンビニのパンと私の冷食だらけのお弁当どっちがマシなんだろ。まあ、どちらにせよ購買で食べ物を買わなければならないことには変わりない。それを私が食べるか松寿が食べるかの違いだ。
と、いうわけで私はお弁当を自分の机に置いて購買に走った。しかし既に生徒で溢れかえっている購買。そうだった。昼休みに行っても混みまくってて入れないんだ。いやでもそんなこと言ってる場合じゃない。松寿にはお弁当を食べさせるにしても私だって何も食べずに午後を乗り越えるのは辛い。だから、何か買わないと。
「や…やっと中入れた。しかし未だ商品見えないぞ。」
くっそぉ。なんだってこんな混むんだよ。大体みんな昼休みは混むから他の時間に来ようって思うはずなのに昼休みだけ相変わらず混むってどういう仕組みなの。あ、やっと陳列棚見えた。もう妙に甘い菓子パンしか残ってない。サンドイッチとかがよかったのに。こうなったらカロリーメイトみたいなやつでいいや。
「これください。」
あーなんて不健康。まあいいんだけどさ。今日は学校終わったらすぐ松寿に送られて帰るんだろうし、帰ったら何か口に入れよう。
「ただいま松寿。なんか食べないとお腹空くよ。これ食べていいから。」
教室に帰った私は割と忙しい仕事に就いている母親が作った昨日の夕飯の残りと冷食のお弁当を差し出す。しかし無視される。まあ予想していたから驚きはしないが。
「さてと、私も食べますか。」
無視されたことを無視して私は友達のところへ向かう。
「せんり。変えろ。」
がしかしたどり着かない。変えろってなんだ?と思って立ち止まったからだ。もっともそんな疑問は一瞬で解決される。このカロリーメイトとお弁当を変えろと言っているのだ。
「これだけじゃ保たないよ。松寿は仕事あるんだから。」
「食べる時間がない。」
へ?だっていつも家政婦さんに豪華なお弁当作らせてるって雑誌かなにかで見たけど。それに効率よく仕事するために三食しっかり食べるって松寿自身から確かに聞いたぞ。
「あ。」
疑問の答えを見つけた私は大人しく簡易昼食を松寿に渡す。そうだ。昨日色々圧力をかけたりとかしていたせいで昨日の仕事が終わらなかったんだ。もしくは今日の下準備が出来なかったとか、圧力の後処理とか。つまりは私のせいでただでさえ忙しい松寿は昼すら食べられないほど切羽詰まっているんだ。これは邪魔できない。さっさと友達んとこ行って昼食べよう。
「せんり。貴様のせいではない。部下の失敗の後処理だ。」
嘘だ。すぐに思った。松寿は口数が死ぬほど少ない。なのに私のせいではないって言葉の後に部下の失敗を付け足した。うん、わかりやすい嘘だな。こりゃ相当疲れてるぞ。いつもは例え私との会話でも気を許したりしないのに今は会話に一ミリも気を使ってない。
「隣りに座っていろ。」
「………へ?」
と、隣りに座っていろ?そう言ったのか、今。信じられん。だって松寿が私に側にいろなんて言うのはじめてだ。十年以上の付き合いなのにまだ初めてがあるとは。
「あー。うん、隣りね。」
私は完全に面食らいながら隣りに、つまりは自分の席に座った。ってか、松寿の側はみんな仕事の邪魔にならないようにと遠慮して近づかないから私一人で昼食なんだけど。さ、寂しい。
パタン
「ん?」
な、なんか今パタンってノートパソコンが閉じるみたいな音したけどなんだろう?私はチラリと隣りを見る。あ、みたいな音じゃなくてパソコンが閉じた音そのものですね。
「食べぬのか?」
松寿がカロリーメイトのパッケージをビリビリと破りながら私を見ていた。た、食べぬのかって、食べる、けど、一緒に食べるのか?
「えっと…。」
何か答えなければと思って口を開いたとき、閃いた。そうか。松寿も私の心がわかるのかも。そりゃ十年以上の付き合いだもん。わかってもそう不思議じゃない。それで私が一人で食べるの寂しいって思ったのがわかったから一緒に食べてくれるんじゃないか。どうせいつかは食べなきゃいけないなら今私と一緒にってことだ。気づいた瞬間私は慌ててお弁当を開いた。
「いただきます。」
慌てた私を見て松寿は少し笑っていた。ほとんど冷笑と言ってもいいような表情だったけど松寿は本当におかしくて笑ってもどうせこんな表情するんだ。馬鹿にされたと思ったら負けだよな。
「あ、飲み物買い忘れた。しょうがない。私の飲む?」
「いらぬ。」
いやいや、カロリーメイトって食べたことはないがどう見ても喉かわくよな。やせ我慢?とりあえず私は松寿にお茶を入れた水筒のキャップを差し出す。松寿はチラリと私を睨みそれを受け取った。やはり喉がかわいていたんだろう。松寿は一息にお茶を飲み干し水筒のキャップを私の机に置いた。
「我は仕事に戻る。隣りにいろ。」
訳:仕事している間は動けないから、目の届く範囲にいろ。
「うん。」
一度頭の中で松寿の言葉を訳出してから私は答えた。多分また私が襲われないように一応学校内でも見張っておこうってことなんだろう。まあ都会にある学校だから門は一つだし門の前の通りは大通りだし、そう危険な感じもしないけど。それでも松寿は神経質だから心配なんだろう。私のせいでますます忙しくなってしまったのだから、せめて少しだけでも心労を軽減させてあげたい。仕方ないから退屈だけど松寿の隣りにいよう。調度読みかけの小説を持っていたはずだ。