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□第三章
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犠牲なしに敵の騎馬隊を殲滅したことで私は一躍有名人となっていた。その後も何度か出陣し未だ土付かずなので私の知名度は全国で高まっている…らしい。どのような状況でも快勝を収めてしまう強運の持ち主であることと、相手の力をいなして戦う不思議な戦闘スタイルから二つ名までついた。

甲斐の魔術師・瀬戸凛也

多分、私の噂は大袈裟に広まっているのだろう。そのうち鬼のような身体をした男とでも言われかねないな。

ただ、そんな今でも人を直接殺すことはできない。それでも、日の本の民を幸せにしたいという志が抵抗を奪ってきているのも確かだ。戦う相手が兵であり命を落とす覚悟をして戦っている事を知り、殺さずを貫くことが敵兵の誇りを汚す行為であることもわかってきたので初陣に比べれば、私の動きは滑らかになっているだろうと思う。

そんなある日、私は騎馬隊を一隊つれて単独出陣することになった。というのも、どこぞの村で盗賊が横行するようになったのだ。武田の館からは随分離れており奥州や越後の領土にも近いそこは、どこの領土だかはっきりとせず治安が悪い。ただ、お館様はほっておけないと思われたのだろう。噂を聞いてすぐ鎮圧部隊を出すことを決めた。

賊の根城となっているらしい山にたどり着く。盗賊とはいえ規模はそこそこのものらしいので、私は騎馬隊員に気を引き締めるように言ってから山に入った。馬蹄を響かせては、盗賊に侵入がバレるので馬は数人の見張りとともに山裾に置いていく。

「出来るだけ音をたてるな。」

念のため小さめの声で兵たちに伝えた。兵たちがうなずく気配のみが伝わってくる。

しばらく歩くと騒ぐ声と灯りが確認できた。あれだけ騒いでいれば多少の音はかき消されそうだ。近付くぞ、という意味を込めて騎馬隊長の火澄に目配せする。了解と言うように火澄はうなずき、手を上げて全隊員に突撃の合図を送った。私はそれとともに灯りの方へ走った。




 ● ○




盗賊は数に頼った戦闘しかできない者ばかりで容易く制圧できた。普段の戦なら犠牲ゼロは奇跡だが、今回ばかりは実力通りの結果と言ってよいだろう。そんな軽い戦闘だったせいかいつも以上に和やかな雰囲気で、隊員同士の会話も弾む。私もつい火澄や他数名と雑談をしていた。捕らえた盗賊たちを後ろで歩かせているので馬の歩みもゆっくりで話しやすいということもあり、すっかり武田の屋敷にいるような気分で会話に夢中になってしまう。それは火澄はじめ前例を歩く誰もが同じだったようで、私たちは異変に気づくのが遅れた。

「っ!!凛也殿、前から…!!」

火澄の声に私はハッと顔を前に向ける。時は明け方。日は出てきたがまだ少し暗い。けれど前から来るのは明らかに…。

「どこかの軍か。この距離では接触は避けられないだろうな。こちらはともかくあちらは馬で駆けてきている。」

火澄は私に向かって頷き、どうしますか?と聞いてくる。私は一瞬考え口を開いた。

「どこの軍かわかるか?不要な戦はお互い避けたいだろうし、害がなければやり過ごしたい。私の立場で勝手に戦をするわけにもいかないし。」

「凛也殿のご判断ならばお館様もお怒りにはなりますまい。…ん、あの旗は、あれは奥州の…。」

「奥州?独眼竜か。ここを通るということは、越後を攻めるつもりか。」

「おそらくは…。」

そうでしょう、と火澄が頷く。しかし…

「それでは止めないわけにいかないな。」

私は自軍の馬を止めさせる。声を張り上げれば届く距離で伊達軍も馬を止めた。

「Ah?その旗…武田の騎馬隊か?なんでこんなところで遊んでやがる。」

「奥州の独眼竜と見受ける。この先は越後に通ずる道。お館様の宿敵を他の武人に討たせるわけにはいかない。」

挑発的な独眼竜の声につられるように、私は宣戦布告を叫び返す。

「Ha!ここは通さねえってか?なら、力ずくで通るまでだ。」

「甲斐武田軍・瀬戸凛也、誇りをかけてこの道を守ってみせよう。」

名乗りを上げた途端、独眼竜が怪訝そうな顔をする。その表情はすぐに不敵な笑みに変わった。

「てめぇが甲斐の魔術師か。おい、てめえら手ぇ出すなよ?」

一騎打ちを挑まれている。そう察した私は右腕を真横に伸ばして、こちらも手を出さないように合図した。

「奥州筆頭・伊達政宗」
「甲斐武田軍・瀬戸凛也」




「「推して参る!!!」」




私は思い切り馬腹を蹴った。独眼竜の攻撃は間をあけず激しく続けられる。それらを全ていなし、なんとか隙をつくろうと試みた。そのうち、エキサイトした私たちは地面に降りる。

さすがはあの年で一国を治めているだけあって独眼竜は幸村並…いや、下手したらそれ以上にいい動きをしていた。しかし、私の天賦の才とやらも捨てたもんじゃないようだ。直感的に私は独眼竜の真正面に向かって地を蹴った。

「はっ!!」

気合いを入れるため腹から声を発した。独眼竜が私の攻撃を受けようと刀を前に出す。瞬間、私は刀を引き、小さくなって独眼竜の刀を避けた。そのまま独眼竜の身体と刀の間に滑り込み、刀の柄を思い切り独眼竜の腹に叩き込む。刃部分より柄の方が丈夫なので、鎧の上からでもダメージを与えられたようだ。私は反撃を受ける前に、小柄さを活かして独眼竜の股の間をすり抜け構え直した。

「…っ。やるじゃねぇか、瀬戸凛也。」

一瞬痛みに眉をしかめた独眼竜はそう言ってニッと笑った。私も口角を上げる。そして、私たちがもう一度地を蹴ろうとしたそのとき…。

「上杉軍です。こちらに進軍中!凛也殿、ご判断を!!」

判断を仰がれたところで進軍速度を考えれば、盗賊を鎮圧してきた自軍も、長旅をしてきたであろう伊達軍も、上杉を避けるほどの動きはできないだろう。馬が疲れているのだ。それに…。

「この状況で戦を仕掛けにきたのではないだろう。私たちでつぶしあってくれた方があちらには都合がいい。」




● ○




「政宗様!ここは一度退かれた方がよろしいかと。おそらく上杉軍は武田側にまわります。」

「Ah?……チッ、しゃあねーな。帰るぞ、小十郎。」

小十郎が返事をするのを聞きながら、オレはなんとなく違和感を覚えていた。あの瀬戸凛也って野郎、何かおかしい。馬を走らせながらオレは小十郎にそれを伝えた。

「おかしい、とはどのあたりが…?」

「表情とか動き、声。小十郎、何も感じなかったのか?」

確かに何か変なのだ。例え小十郎が何も感じなかったとしても、アイツは何かある。

「まだ12の少年と聞きますれば、表情についてはあどけなさが違和感の元ではないかと。身体が小さい故に動きにも癖が出るでしょうし、声に至りましては…。」

「Shut up!そういうんじゃねえ!顔の幼さや動きの癖、声の高さとかそういうことじゃねえんだ。もっと別に引っかかる。」

小十郎が首を傾げる。オレはさっきの一騎打ちについて考えを巡らせた。あの違和感の理由を探すが、どうしても答えが見つからない。

「それにしても、上杉軍は追って来ませんな。やはり我々を追い払うことが目的だったのでしょう。」

オレは頷きながらも、やはり見つからない答えを探していた。
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