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□第四章
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「ん…んー?」
寝ぼけたような声を出しながら実際寝ぼけていた私は一瞬状況の把握ができなかった。
「凛どの!気付かれましたか。ようござった。」
普段より近くから聞こえる幸村の声に、私は顔を上げようやく状況を把握した。どうも馬に横向に座った私を後ろに座っている幸村が片手で抱きかかえているようだ。おそらく甲斐に向かって走っているのだろう。私は幸村に支えられなくてもいいように、自ら彼の腰に手を回しつかまった。
「おっはよー、凛ちゃん。」
声を掛けられその方向に目を向けると、隣を私の馬・雪嶺が佐助を乗せて走っていた。
「俺様たち見た瞬間、凛ちゃんってば失神しちゃうんだもん。びっくりしたよ。しかもさ、倒れかかった凛ちゃんを隣にいた竜の旦那が焦って受け止めてあげてたし。」
「え?」
私は独眼竜の行動を聞いて驚いて声をあげた。それを無視して佐助が続ける。
「でも、抱き止めたらさすがに女だって気づいたかもね、竜の旦那。あっ、そーだ。真田の旦那、今、凛ちゃん抱っこしててどう?触り心地とか女の子っぽい?」
「さ、さわっ…!!」
あっ、やばい幸村が叫びそうだ。なんとかフォローしなきゃ。
「十二の子供の性別なんて触ってわかるもんじゃない。」
「十二の子供ならね。でも凛ちゃん実際子供じゃないじゃん。旦那ー。今、凛ちゃんのお尻、旦那の足に当たってるでしょ?やっぱ柔らかくて女の子っぽい?」
佐助の言葉に幸村はもちろん私も少し顔を赤らめる。
「は、破廉恥でござるぅああぁあ!」
「あっ、待っ…。落とす気か、幸村!」
幸村が暴れ出すので、落馬しそうになった私は必死で叫ぶ。しかし、幸村に落ち着く気配はなく、本気で落ちるぞこりゃと思った私は思わず幸村にしがみついた。
そんな私たちを見て、諸悪の根源である佐助は大爆笑している。幸村の方は突然しがみついてきた私に動揺したのか真っ赤になって固まってしまっていた。
まあ、馬は歩き続けているし、このままでいいか。そんなことを思っていたら佐助が声をかけてきた。
「凛ちゃんさー、なんで気失ったの?」
あっ、そうだ。さっきのあの禍々しいオーラを放つ男。あれは本当に怖いと思った。あの男と戦うことなど想像できないくらい。恐怖で固まった直後に幸村と佐助を見て、ホッとしたら力が抜けた。
「あの…崖の上にいた男。」
「第六天魔王・織田信長殿にござるな。」
の、信長だったのか、あれ。随分と有名どころが来るな。
「…戦に出るようになってから、ここには“気”というものが存在することには気付いていたが、あんな禍々しいものを見たのは初めてだった。そもそも私のいた場所には“気”自体ほとんど存在しなかったし。慣れないせいかはわからないけど、あの場は耐えているだけで精一杯だった。」
「それで俺様たちが来て、気が緩んじゃったんだ?」
茶化すように佐助が言う。なんとなく悔しく感じた私は佐助から目をそらした。
「ハハッ。拗ねないでよ凛ちゃん。俺様だって一応心配して言ってるんだしさ。」
「心配?…何を。」
「だぁって凛ちゃんってば戦んとき以外はほんと女の子なんだもん。たとえば、竜の旦那が気づいて、凛ちゃんをお嫁にしたいとか言い出したらどうしよー、とか心配でしょ?」
なんて具体的かつ非現実的な心配なんだ。心配というより、むしろそれは妄想だとさえ思える。
「全然。仮に言われたとしても、なんの問題もない。」
「え?凛ちゃん、あんな色男捕まえてまさか興味ないとか言わないよね。抱き留められたって聞いてときめいたでしょ?」
あぁ、確かに独眼竜は整った顔をしていた気がする。
「………そういう風には見てなかったな。敵国の武将だし。」
そう言いかけて、お館様の言葉を思い出した私は口を噤んだ。
『一生独り身でいる気か?』
いや、そもそも私には現代に恋人がいるのだ。だけど、このまま戻れる保障もないし、こっちで一生を終えるのならば考えなければ。
私は戦国の世で出会った男を思い浮かべてみる。人柄を考えれば誰もが申し分ないものを持っているが、年齢を考えれば幸村、佐助、それから独眼竜というところだろうか。……まあ、この三人と甘い雰囲気になることはないか。想像できない。
「凛ちゃん!」
突然、佐助に名を呼ばれる。
「…ん?」
「ん?じゃないよ、急に黙り込んでどーしたの?ってか敵国の武将だしの続きは?」
つ、続き?あぁ、なんて言おうとしたんだったかな?
「あっ、そうだ。抱き留められた記憶もないのにときめけるわけないだろうって言おうとしたんだ。そもそも、独眼竜が私を嫁に迎えるわけないし、私も敵国に嫁ぐ気などない。」