私に見える彼の傷

□私の失言
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やっばい遅刻。まあ走れば間に合うけどね。でも走らないよね。鞄重いし。走ってまで遅刻回避しようなんて思わない。普通でしょ?

「なあ、政宗ってその右目どうしたんだ?」

教室に着く直前、教室内からそんな声が聞こえた。あー、それ私も気になってたんだった。ものもらいかな?まあ、それはともかくとして、どうやら授業は始まっていないらしい。教室をヒョイと覗くと先生が来ていなかった。

「あぁ。小さい頃病気でな。右目は腐って落ちた。」

私が教室に入った瞬間に梵がそう言った。嘘。病気?腐って落ちたって…私そんなこと一言も聞いてないぞ。ちょっと、どういうことですか?と片倉さんに問い詰めたいところだが肝心の片倉さんは今ここにはいない。

「うそっ、やだ。」

「気持ち悪い…。」

ザワザワとした空気を感じた私は教室の入り口に突っ立ったまま梵を見た。眼帯が外され、醜い右目が晒されていた。












● ○











この能力に気がついたのは中学二年生のときだった。私の友人が言ったのだ。

「みりに相談すると必ずって言っていいくらい望み通りの答えが返ってくるんだよねー。だから、つい相談しちゃう。」

このとき私は「え?」と思った。「みんなは他人に何か言われるとその人がなんて答えて欲しいかわからないの?」と。声に出さなかったのが救いだ。人の言葉から言って欲しい言葉が浮かぶのは私だけらしい。このとき私が素直に疑問を口にしていたら物凄い電波ヤローと思われていたことだろう。

「みりー!ふられたー!」

ある女の子がそう泣きついてきたとき私は「えー?そんな勿体無いことを…!」と言ってやったし別の子が同じように泣きついてきたときは「大丈夫?」とだけ言って頭を撫でてやった。同じセリフで泣きつかれても頭に浮かぶセリフは違う。人それぞれ望む答えは違うのだから当然だけど。

まあ、とにかく私は相手が何て言ってほしいかわかるとついその言葉を言ってしまうお人好しであり、よく厄介事を引き受けてしまっていた。だから、その度もう頭に浮かんだ言葉をそのまま言うのはやめようと思うのだけど言ってしまう。だって頭に浮かぶのだから。












○ ●












「梵。」

私は梵の目の前に立った。それから梵の手に握られた眼帯をそっと奪う。それを優しく梵の目にあてがい紐を結んだ。

「梵。私は小さい頃からずっと梵のこと大事に思ってるよ。例え梵が私をどう思ってても。私は無条件に梵を愛してる。」

ザワついていた教室がシンとなった。あー、まただ。やっちまった。ついつい頭に浮かんだ言葉をそっくりそのまま口に出してしまった。どうしようか、この気まずい空気。そんな悲しい後悔に苛まれていると不意に唇に柔らかい感触。

「はい?」

思わず間の抜けた声が出る。今の何?いやむしろ今何か起こった?

「オレも愛してるぜ、みり。」

惑う私の耳元で誰かに愛をささやかれる。それでようやく私は現状を認識した。キスされたんだ。梵にキスされた。しかも教室で。うっわ。恥ずかしくて死ねる。

ガラッ

「ごめんねー。遅れた。」

担任が入ってきた。私はもはやナイスタイミングで入ってきてくれた担任が神様に見えるくらい感謝の気持ちでいっぱいになった。しかしよく考えるとコイツが遅れなければこんなことにはならなかったのだと気づいて、一瞬にして担任は死神に姿を変えたのだった。

「あぁ…なんでこんなことに。」












● ○














「私は無条件に梵を愛してるよ。」

そう言ったんだったか。部活に励みながら私は思った。無条件の愛。それが梵の求めることなのか。私にはよくわからない。ただ頭に浮かぶ言葉を言うだけで、何故相手がこの答えを欲しているのかなど考えたこともなかった。

「つまり私は上辺だけの人間ってことか。」

誰にも聞こえないように小さく呟く。そんなことは最初からわかっていたことだ。上辺だけの人間だから結局面倒を抱え込むことになる。それもわかっていた。けれど、口に出すと自分の薄っぺらさを実感して泣きたくなった。

「全体ラストー!!」

部長の声。この声を合図に全員が集合し、軽く反省をまとめて私達は更衣室に向かう。女の子同士で楽しく話して駅まで一緒に帰る。それが日常。

「よぉ、みり。帰ろうぜ。」

けれどそれは妙に色気のある声によって崩された。その声の主である梵は校門に立っていた。私は思わずヒクリと口元をひきつらせる。もちろん梵と帰るのが嫌だとかではない。幼なじみとして梵のことは好きだし大切に思っているのは嘘ではなかった。だから一緒に帰るのは構わないとして何故にそんな色っぽい声で誘うんだ。いろいろ怖い。恋人であることが動かぬ事実になってしまうこととか、私が梵をそういう意味で愛しているのかとか、梵は私をどう思ってこんな関係を紡ごうとしているのかとか。

「うん。」

全ての不安を振り切って、私は頷くしかなかった。これでもう後戻りはできない。わかっていても肯定以外の発言をする勇気はなかった。





あとがき
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