それからU

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「あ〜!!今日は俺、思いっきり飲みたい!!」


一日の仕事を終えた食堂での、四人だけの酒盛り。

和やかにすすむ酒と会話の中、突然のエースの叫び声とバンと叩かれたテーブルの音に、手に持っていたグラスを落としかけた名無しさん。

隣から伸びてきたマルコの大きな手に支えられて事なきを得たが、グラスをたて直した後、恨めしそうに正面に座るエースを見た。



「も、危ないなぁ・・・エース。」


微かに頬を膨らませ、グラスを傾け口につけた名無しさんは、先ほど聞いたエースの言葉を自身の中で反芻した。


(そういえば・・・)


記憶の糸を手繰り寄せた名無しさんは、甲板で大きな宴会があっても、大多数のクルーのように甲板で雑魚寝はせずに、きちんと部屋で寝ているエースを思い出す。

そう、エースの潰れた所を見たことがなかったのだ。

それを言えばマルコやサッチの潰れた姿も見たことはないが、エースと彼らは経験が違うし、そうそう酔いはしないのだろうと思う。

くるりと大きな黒目を天井に向けて考えていた名無しさんは、もう一度正面のエースを見やり、口を開いた。



「思いっきり・・・飲んだら?ダメなの?」


コクリと首を傾げて不思議そうに彼を見つめる名無しさんの視線から逃れるように顔を横へと向けたエースは、ついでに隣にいたサッチに悲愴な表情で頼み込む。


「なぁ、サッチ・・・いい?」

「お前、もうちょい早く言えよな〜。俺、結構飲んでんぞ?」


二人の不思議にかみ合わない会話を目の当たりにし、ますます首を深く傾げた名無しさんのグラスを隣のマルコが立ち上がり様に取り上げた。


「あ・・・。」

「いくぞ、名無しさん。移動だよい。」

「え?」



つられる様に立ち上がり、もう一度エースを見ると、些か嬉しそうにいそいそと立ち上がり、テーブルに置かれた瓶を数本抱えだした後、同じように立ち上がったサッチと一緒に、マルコの後を追って食堂から出て行った。


名無しさんが意味の分からないまま彼らの後をついて出てきた先は、甲板の端。

穏やかな航海を象徴するかのように、時折撫でるように潮風が彼女の頬をくすぐる。

ふわりと浮かんで顔にかかった髪を手で押さえ、胡坐をかいて座り込んだ三人の傍へとしゃがんだ名無しさんに新しく入れた酒を渡したマルコは、自分は飲まずにそのまま静かにゆっくりと過ぎ行く波間を見つめた。


「飲まないんですか?」

「あぁ・・・一仕事終えたら飲むよい。」


先ほどまで同じように飲んでいたサッチも、今は酒には手をつけず、何やら準備運動のように手足を伸ばして身体を動かし始めた。

不思議には思うが、どこをどう聞いていいやら分からない名無しさんは、先ほど大声で叫んだエースの様子を窺うように覗き見る。

そこには嬉しそうに酒を煽るエース。

名無しさんはただ、その量とペースに唖然とする。

これがエースの酒の飲み方だったら、今までのは一体なんだったんだろうか・・。

コクリコクリと美味そうに喉を鳴らして酒を流し込むエースと、体操をしながら楽しそうに話すサッチと穏やかな表情のマルコ。



色々と聞きたいことはあるけれど、水を差すのも何かと思いなおした名無しさんが、しばらくその細い指に包まれたままになっていたグラスを傾け、コクリとその甘い液体を喉に流し込んだ瞬間、

ボボボっと音を立てて蒼く揺らめく焔。

驚き、顔を上げて横を見ると、隣には半鳥化し、立ち上がったマルコの姿。


「え?」

思わず上がった驚愕の声に反応するかのように、頬に当たる激しい熱風。

隣のマルコに引きずられるように後ろへと下がらされた名無しさんの目に、紅い炎に包まれるエースの姿。


「えぇ?!」

半ば叫ぶように出された名無しさんの声と同時に、隣のマルコがその鋭い鉤爪で床を蹴る。

ヒュンと湧いた風が巻き上げた名無しさんの髪が、彼女の細い肩に降りる頃には、鳥と化したマルコの足が自らの炎に包まれたエースを容赦なく蹴り飛ばし、海へと落とした後だった。


ザパーンと大きな水しぶき、次いでサッチが甲板の柵へと飛び上がり、きれいな弧を描いて海へと飛び込む姿が見えた。


「え・・・な、何?」

状況を全く飲み込めない名無しさんが、柵へと駆け寄り下を覗いて見たものは、グッタリとしたエースの脇に腕を差しこみ、器用に泳ぐサッチの姿だった。



「ふいー、これで心置きなく飲めるぜ。」

海水を含んで解けたリーゼントを後ろへと流し、ぽたぽたと落ちる雫をフルフルと首を振って左右に散らしたサッチが、グラスを傾けた。

その傍らには、すっかり鎮火し眠るエース。


「つまり・・・」なんとなく事態を呑み込んだ名無しさんが口を開くと、隣で片膝を立てたマルコが引き継ぐ。

「こいつぁ火だからねい、飲みすぎると発火しちまうらしいよい。」

「・・・なるほど。」


こくりと一つ頷いた名無しさんの頬をマルコのやや熱い指先が掠る。

促されるようにそちらを見れば、熱の篭もった瞳でこちらを見るマルコの表情。

「で、でも、なんでエースは急に、思いっきり飲みたいだなんて言ったんでしょうね?」

少し慌てて視線を逸らし、頬を染めて逃げるように横へと向けた名無しさんの顔を、やんわりと大きな手のひらが包む。

緩やかな強制で再度マルコの顔を見つめることになった名無しさんの、赤く実った艶やかな唇に、口角を上げた自らのそれを近づけてマルコが言った。

「さぁ・・・ねい、そんなことは知らねェよい。」








(そういうのを見たからだっつうの)
                            

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