それからU

□知らぬは本人ばかりなり
1ページ/1ページ



「あ、マルコさん。私、そろそろお風呂入ってきますね。」


自室の机に向かい書類を束ねていたマルコに、向かいから声が掛かる。

目の前の紙束から目を離し、愛しい彼女へと向いたマルコは大きく一つ伸びをした。


「あぁ、もうそんな時間かよい。扉番してやろうか?」

さも当たり前のように呟き、特にその返答も聞かずに立ち上がりかけたマルコに、慌てたように手を振る名無しさん。


「大丈夫です!こんな時間だし。」

「・・・そうかい?気をつけろよい。」


黒い艶やかな髪をさらりと揺らし一つ頷いた素直な愛しい名無しさんが、マルコの部屋と自身の部屋を繋ぐ扉へと向かい、その向こうへと姿を消した。

しばらくして彼女の部屋の扉が閉まる音を微かに聞いたマルコは、空っぽの恋人の部屋を壁越しに見やり、仕事を再開すべく手元の書類を捲った。



「・・・・足りねェ。チッ!エースとハルタか。」

常習犯の二人の名を口にしたマルコは、すくりと立ち上がり回収という名の怒鳴り込みに向かうべく、部屋を後にした。



いくつかの角を曲がり、真夜中ではあるが賑やかな食堂を越え、目的の部屋が並ぶ廊下へと出る。

ふと向こうから来る気配に顔をあげたマルコは、その人物の姿に些か焦ったように声を絞り出した。


「イ、 イゾウ!」

「あぁ、マルコかい。どうしたんだい?血相変えて。」

いつもはキレイに結ってあり計算された量の後れ毛を垂らしているイゾウの今の姿は、通常のそれではなく明らかに風呂あがりの様相で、きれいにひかれているはずの紅の色も今はない。

長く垂らしたしっとりと濡れた髪をタオルで拭きながら、風呂上りに着る寝巻き代わりの浴衣とやらを身に着けている。


「お、おめェ・・ふ、風呂?」

「あぁ、いいお湯だったよ。マルコはいまから?あ、今はお嬢が入ってるよ。」



「あぁ、もしかして迎えにいくのかい?」きょろりと天井に目を向け、思案顔をしたイゾウがマルコに視線を向けなおした時には、もうそこにマルコの姿はなかった。


「あんまりがっつくと嫌われちゃうよ?おニイさん。」

クスリと唇を緩めて笑みを零したイゾウは、またひんやりと冷えた空気の廊下を自室へと向かって歩き出した。






「ふう、いいお湯だった!」

ガラリと浴室の戸を開け、頭にタオルを巻いた名無しさんが暖かな空気を纏い、頬に赤みを持たせて出てくる。


「おい!」

「あ、マルコさん・・・どうしたんですか?」


廊下に出た途端、こちらに向かって疾走してくるマルコに、疑問符を浮かべる名無しさん。

彼女がコトリと首を傾げたと同時に、ふんわりと漂うバラの微かな香り。


「おめェ、風呂・・・一人だったかよい?」

「え?・・・いえ、先ほどまでナースさんも一緒でしたよ?」

予想外の答えと、平然と構える彼女に今度はマルコが首を傾げる番だった。



(会ってないのかよい)


時間的に会っていないはずはないのだが・・・と頭の中で思考を纏め始めたマルコの隣を歩いていた名無しさんが「そういえば・・・」と言葉を紡ぐ。


「あのナースさん、どなたなんでしょうか?よくお風呂でお会いするんですよね。あんなキレイな黒髪のナースさん・・・いたかなぁ?」


吐き出された暢気な彼女の言葉にがっくりとうな垂れるマルコ。


「おめェ、誰かわかんねェのにナースとか言ってんじゃねェよい。オトコかも知れねェだろい?」

「え?・・まさかぁ!やだ、マルコさんってば。」


クスクスと笑い出した彼女に頭を抱え、今度からは必ず扉番をしようと決意したマルコだった。





(イゾウ、蹴っ飛ばす!)
                                  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ