それからU

□暑さの悪戯
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「名無しさんちゃんは、何味にする?」


シャリシャリと小気味の良い音を響かせて手元を忙しく動かしながら、器を持って隣に立つ名無しさんを見下ろすサッチ。


「ん〜、三種類ですよね〜。迷っちゃう。」

持っていたガラスの涼やかな器をカウンターに置き、次いでまたしゃがみ込み足元の棚から同じ器を取り出した名無しさんが、「ふふふ。」楽しげな笑いと共に声を漏らす。

彼女が視線を寄越したカウンターの上には、赤・青・黄色の鮮やかな液体。

「そそ、赤はイチゴで黄色はレモン、青はブルーハワイな。」

「俺はレモンにしようかな・・・。」とニカリと笑ったサッチは手元のハンドルに力を込める。

途端にシャリシャリと速度を増して落ちてきた細かい氷が、山のように盛り上がっていった。


「私、みんなを呼んできますね!」

取り出した器をコトリと置いて立ち上がった名無しさんが、いまだハンドルと格闘するサッチに声を掛ける。


「ん、あぁ・・・じゃあ頼んでいい?エースにでもこれ、手伝わそうかな・・・。」

「はい。じゃあ、いってきますね。」

腰に巻いたエプロンを外し、傍のワゴンに掛けた名無しさんはサッチに軽く手を振り、夏島気候の茹だるような暑さにも負けずに、甲板で元気に遊んでいるであろうエースたちの元へと向かった。






「エース!あ、ハルタ君も。オヤツの時間だよ!」

ジリジリと肌に照りつける太陽に眉を顰めつつ額に持っていった手をひさし代わりにした名無しさんが、甲板の真ん中でホースを持ち、逃げ惑うステファンに水を掛けて遊んでいたエースとハルタに駆け寄る。


「うわ!ずぶ濡れじゃない、二人とも。」

キャンキャンと足元に擦り寄ってくるステファンをしゃがみ込んで撫でてやりながら、ボタボタと水滴を落とす二人を見上げる。


「だってさ、暑かったんだもん。ねぇ?エース?」

「甲板掃除してたんだけどな、ステファンが茹だってるからよ〜ついつい。」


ブルブルとそれこそ犬のように頭を振ったエースから、細かな水滴が雨のように彼女の髪に落ちてきた。


「ね、ね、今日はカキ氷なんだって!サッチさんが氷作るの手伝ってって。」

「やった!かき氷〜!練乳いっぱいあるかなぁ?」

「ハルタ、俺も!俺も!」


子どものようにはしゃいで、すぐさま食堂へと駆けていく二人を見送り、名無しさんはステファンを抱き上げて船内へと足を向けたのだった。






「つぎ!つぎ、俺な?サッチ。」

「はいはい・・お前ら余計暑苦しいわ!」


カキ氷の噂を聞きつけて、先ほどよりもクルーたちの増えた食堂。

シャリシャリと独特の音をそこかしこで立てながら、普段持て余している筋肉をここぞとばかりにハンドルに注ぐ屈強な男たち。


「俺、めちゃ早くない?」

中でも得意げに素早くハンドルを回して大きな山を作ったエースが満足気に自分の皿を高く掲げた。


「エース、何味にするのぉ?」

手にした三色のシロップをエースの方へと見せながら、自分は何にしようかと思案顔をしたハルタが近づいてくる。


「お?サンキュ・・・ん〜、俺はイチゴ!」

赤いシロップを取り、自慢の氷の山へと万遍なく掛けたエースは、その水分でへこんでしまった氷に眉を顰ませた。


「減っちまった・・・氷、もう一回だ!」

「え〜、エース!ずるいよぉ!」


ワイワイと騒ぐ二人の傍で優雅に黄色いカキ氷を口に運んでいたビスタが口ひげを揺らしながら食堂の入り口に姿を現した名無しさんに気づく。


「あぁ、名無しさん。マルコはいたかい?」

銀色のスプーンでシャクシャクとカキ氷を均しながら問うビスタに、ニッコリと笑いながら頷いた名無しさんは、ビスタのカキ氷を覗きこんだ。


「はい、部屋で食べるって。ビスタさん、レモン味ですか?」


「私はやっぱりイチゴにしようかな〜。」とニコニコと笑んた名無しさんは、騒がしいエースとハルタの傍でこちらを見ていたサッチに向かって声をかけた。

「マルコさん、ブルーハワイですって。私、持って行きますね。」

「オッケ!・・・エース、ハルタ!それ寄越せ。」


こんもりと盛られたかき氷、エースのイチゴとハルタのブルーハワイ。

丹精に作り上げたそれらがサッチに瞬時に掠め取られる。


「あっ!それスペシャルなのにぃ!!」

「俺のもダブルだぞ!」

ブーブーと頬を膨らませて不平を言う二人には構わずに、盆へと器を乗せたサッチがそれを名無しさんへと手渡す。

「はい、名無しさんちゃんのイチゴとマルコのブルーハワイ。」

「わわ、いいんですか?」

エースとハルタを気遣い遠慮する名無しさんに、ニカリと笑ったサッチが自分の背後で、キャーキャーと楽しげに新たなカキ氷を作り出した二人を指差した。


「じゃ、遠慮なくいただきます。」

「あぁ、マルコのヤツに夕食はここで食えって伝えておいて。あいつ昼も部屋で食いやがって・・・。」

ブツブツと不貞腐れたように零すサッチ。

「ふふっ・・・はい。」


ずっしりと重い盆を一度抱えなおして、サッチに微笑みかけた名無しさんは、溶けないようにと少し早足でマルコの部屋へと向かった。






「うへぇ〜! まだここがキンキンする!」

「エースは食べすぎだよぉ。」


こめかみを押えて悶絶するエースに、スプーンを咥えたハルタが笑う。

「あっ!エース、ベーってしてみて?」

「んあ?こうか?・・・ベー。」


エースが舌を出した途端にそこらじゅうで起こる笑い。

「真っ赤!!」

口に咥えたスプーンを揺らし、可笑しそうにケタケタと笑うハルタにエースが飛び掛る。

「そういうお前だって。ほら、口開けろよ!・・・ハハっ!真っ青じゃねェか!」

「んぁっ!やめてよぉ〜。」


エースに鼻をつままれて口を開けたハルタの舌をエースが笑う。

「お前ら、シロップ掛けすぎだっての・・・・おう!マルコ、名無しさんちゃん!」

呆れ顔で二人を見ていたサッチが食堂の入り口で盆を片手に持ち、傍らに名無しさんを従えたマルコに気づく。


「あぁ、サッチ。美味かったよい。」

「ごちそうさまでした。」


カチャリと盆をテーブルに置き、サッチの隣の席に腰をおろしたマルコと名無しさん。

「ちったぁ体、冷えただろ?大変だったんだぞ、氷用意すんの。」

「あぁ、こう暑くちゃ書類仕事も捗らねェからよい。助かったよい。」


マルコの言葉に、顔の傷を歪ませて嬉しそうに笑うサッチの正面で、いまだ舌を見せ合って笑い転げるハルタとエース。

「どうしたの?エースとハルタくんは。」

声を掛ける名無しさんに向き直ったエースは、楽しげに目を細めてイラズラっぽく彼女に言った。

「名無しさんも舌、出してみ? ほら、ベーって。」

「ん?こう?」

「「・・・・っっ!!!!」」


チロリと可愛く舌を出した名無しさんに、驚いた顔で静止したエースとハルタ、その隣でクスクスと笑うイゾウと顔を赤らめるジョズ。

「え?何なに?どうしたの?」

周りの反応に、急に不安になりオドオドとたじろぐ名無しさんにマルコの声が掛かる。

「名無しさん・・・これ、片しとけよい。」

先ほど自分が置いたテーブルの上の盆を名無しさんの方へと押しやり、マルコが名無しさんをキッチンへと促す。

「あ、はい。」

すぐさま立ち上がり、不思議そうな顔をしながらも従いキッチンへと向かう名無しさんに、頬杖をついたマルコがため息をつきながら見送る。


「クク・・・マルコ、オイタはできないねぇ?」

「うるせェよい、イゾウ。」

視線を不自然に逸らし、嘯いたマルコにいまだクスクスと笑いが止まらないイゾウ。

反面、その隣のエースとハルタは小首を傾げて考え込むのだった。





(なぁ、ハルタ・・・紫色のカキ氷なんてあったか?)

(ぶどう味・・・かなぁ?)
                                      

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