それからU

□黒と蒼と紫と・・・
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「マルコさん!」


サンダル越しの甲板に軽い振動が響き、マルコは振り向いた。

夏気候の長い陽もすっぽりと沈み、黒い海にたつ波に形崩れる月の光。

夜中とは言え、まだ温かい空気包まれて、今度は腰を柵へと凭せ掛けたマルコが駆け寄ってきた名無しさんを見つめて眉を顰める。


「おめェ、どんな格好してんだよい。」

「え?ダメですか?」


マルコのしかめっ面に、駆け寄る足を止めて屈むように自身を見る名無しさんは、へにゃりと眉をさげてマルコに向き直り、力なく微笑んだ。


「着替えてきます?」

いわゆる部屋着でマルコの元へ訪れた名無しさんは、柔らかい素材のワンピースに透けそうな生地のカーディガンを羽織っていた。

歩くたびにふわりと揺れるスカート丈は膝下で、マルコにとってはちょうど良く普段ならば文句もない。

しかし、今日は違うのだ。


「おめェが背に乗せろっつうから、わざわざ来てやってんだよい。」


「なんだい、そのヤル気のねェ服装は・・・。」ブツブツと零しながらも、正面に立つ名無しさんの元へと歩み寄り、自身の羽織る紫のシャツを脱ぎ、彼女の細い腰に括りつけるマルコ。


「これで捲れねェだろい、ちったァ考えろ。」

「はい!ありがとうございます。」


ニッコリと微笑み、嬉しそうにお礼を述べた名無しさんを見下ろし、軽く鼻から息を抜いたマルコ。

以前は女性特有のこの「緩さ」をもっとも嫌っていた自分の胸に、今はこんなにも甘さが宿るようになったのかと一人心の中で自嘲する。


「オレも年ィ、取ったかねい。」

ため息交じりで呟かれたマルコの言葉に、至近距離で反応を示した名無しさんがすかさず反論する。


「マルコさんは若いですよ、まだまだ大丈夫です!」

なにが大丈夫なんだか、些か的のはずれた答えに、マルコの笑みが厭らしく変わる。


「あぁ、確かにまだまだイケるよい。おめェが一番よーく知ってんだろい。」

「っ!いや、そ、そうじゃなくて・・・ですね。」


弾かれたようにマルコを見上げて、途端に頬を赤く染め上げてオロオロと挙動不審になる名無しさんの頭頂にマルコが大きな手を乗せる。

それが合図とばかりに黙り込んだ彼女を、クツクツと喉を震わせたマルコが後ろへと下がらせる。


「下がってろよい。熱くはねェが、おめェは毎回キャーキャーうるせェ。」

「はい。」


ぶわりと空気が震え、真っ暗な辺りに蒼い焔が上がる。

マルコの発する軽やかな風にスカートを躍らせていた名無しさんが、蒼とも白とも例えられそうな幻想的な焔に魅入っていた間に、その屈強な姿を優雅な不死鳥へと変えたマルコ。

鳥化しても尚、身動きしないで見つめる彼女を、そのくちばしで啄ばんだ。


「いつまで呆けてんだよい、早く乗れよい。」

「うわっ・・・はい!」


僅かに折りたたまれた鳥足を見つつ、遠慮がちに柔らかな羽毛の覆われたマルコの首へと細い腕を絡ませる名無しさん。

きゅっと力を入れれば、彼女が落ちないようにと尻から身を起こす不死鳥。


「う、わわっ!」

「しっかり掴まってろよい。」


バサリと大きく羽ばたく音に、タタっと甲板を蹴る振動。

離陸の瞬間の体のぐらつきに目を瞑れば、次いで訪れる浮遊感と髪を躍らせる少し冷たい風。

同じように風を受けて、マルコの羽毛が名無しさんの頬をくすぐる。


「ちょっと上空まで行くかねい。」

機嫌のよさそうなマルコの声が届くやいなや、傾けられた身体にかかる重力。

「わ・・・すご、い。」

ぐんぐんと上がる高度は、いままで見たこともないくらいの景色を彼女の瞳に映す。


「モビーが、小さい・・・。」

「オレもここまでは久しぶりだねい。」


珍しくウキウキとしたようなマルコの声に、その背に乗る名無しさんがクスリと笑うと、すぐに返される声。


「・・・なんだよい。」

「いえ・・・ねぇ、マルコさん?どうしていつも夜なんですか?」


あまり頻繁にあることではないが、名無しさんが空の散歩を懇願すると、マルコは決まって夜の時間を指定するのだ。


「あ、あぁ。エースが煩ェんだよい。」

「乗せてあげないんですか?あ、重いのか・・・。」

「違ェ。アイツを乗せて、もし海にでも落っことしてみろよい。オレは助けられねェだろい。能力者は乗せられねェ。」



「それに野郎二人で空飛んで、何が楽しいんだよい。」風に乗って前方から届いた答えに、明日の朝、船で拗ねるエースの顔が容易に想像できた名無しさんがまたクスクスと笑う。


「おめェだって、この高さから落ちてみろ。海面に叩きつけられて死ぬよい。」

「あ、はい!!」

マルコの恐ろしい警告に、知らず知らずに緩んでいた自身の手を再びしっかりとその首へと絡める名無しさん。



「マルコさんは、どうして悪魔の実を食べたんですか?」

「・・・・・・。」

「マルコさん?」


聞こえないはずはないのに、目を細めて前方を見るマルコの声が名無しさんになかなか届かない。


「・・・?マルコさっ、あっ!・・きゃあっ!!」

「っ!!」

名無しさんがもう一度問いかけようと口を開いた瞬間、左からの突風が二人を襲う。

咄嗟に掴まりなおした彼女の腕にマルコが安心をした途端、その腕があっさりと片方離れ、次いでもう片方と背に乗る重みも離れていった。



「名無しさん!!」

マルコが素早く旋回し、その頭を下へと向けて降下した頃には、名無しさんが声にならない悲鳴をあげて、ぱっくりと口を開くように待ち受ける海へとその身を舞わせていた。

すぐさま自身の持てる最速で彼女に追いついたマルコがその身の鳥化を解き、落ちていく彼女を、再び得た逞しい腕で受け止める。

蒼白し、ぐったりとした彼女の様子に嫌な汗が流れる。

しかし、思わず掠め取った彼女の唇は温かく、その感触にはっと瞳を開けた名無しさんにマルコは酷く安堵した。

「っ!マルコさん!」

「しっかり掴まってろい。仕置きは後だ。」

自身の首に掴まるようにと名無しさんを促し、腕を再び鳥化させたマルコが大きく羽ばたく。

少し持ち直すも、完全な鳥化には敵わない翔力に眉を顰めて乱暴に名無しさんを背に乗せて、再びその身を不死鳥へと変えた。




海面スレスレを飛びながら、モビーへと向かうマルコの背で名無しさんがその身を震わせながら言葉を紡ぐ。


「ごめんなさい、マルコさん。」

「・・・・・。」

チラリと見やる自身の首元には、彼女の震える手。

その細い指にはしっかりと、マルコの紫色のシャツが握られていた。



「そんなに紫が好きなのかよい?」

「・・・・え?」

手に持ったシャツを無意識に握り締める彼女に、マルコがクツクツと笑いを湛えながら問う。

急に掛けられた声と緩んだ彼の空気に疑問符を浮かべた名無しさんを振り返り、蒼い不死鳥が厭らしく目を細めて笑んだ。




(紫のパンツなんて、初めて見たよい)

(マルコさんのエッチ!ラベンダーです!!)

(はいはい。もう落ちんなよい、バカ娘)

                                     

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