それからU
□お気に入りの理由
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フンフンと鼻歌を唄いながら背に余る長い箒の先を器用に使い、床の汚れを掃きだす名無しさん。
時折、床の上にある細々したものを部屋の隅に申し訳程度に置かれている机に乗せる。
雑誌数冊、散らばった服、何に使うのかよく分からない雑貨類にいつもは首に掛けられているテンガロンハット。
自分の思い人であるマルコとは違う、男らしさ溢れる部屋の使い方にクスクスと笑みを浮かべながら、腰を屈めて足元に置かれたリュックを持ち上げようとした時、
「っ?!・・・あぁ〜!!」
彼女の華奢な手首を飾っていたブレスレットが弾けとんだ。
カツンと軽く響く音と共に床を転がるお気に入りのチャームに、慌ててベッドの下を覗き込んで最大限に手を伸ばした名無しさんは、手に当たる感触に目を丸くした。
「何?これ・・・。」
ベッドの下から出した手に握られていたものは小ぶりな電伝虫。
いまは眠っている様子のそれを小首を傾げて不思議そうに観察しながらも、ベッドの下を再度覗きこむ名無しさん。
「まだいっぱいある・・・。」
無造作だけれどズラリと並んだ同じようなそれに、呆気に取られつつも気になった名無しさんは、手にした一つをまじまじと見、手の上でひっくり返してみたり突いてみたりしていた。
(若妻シリーズ1【煮るなり焼くなりお好きにどうぞ】・・・?)
側面に貼られた小さなラベルを発見し、その文字列に首を傾げた名無しさんだったが、どこをどう触ったのか、カチリと音が鳴り、途端に目覚めた電伝虫。
「じーーーーーーー」という奇妙な音と共に、その飛び出した目から光の筋が漏れる。
その先を目で追った名無しさんは、壁にあたるその光がなにやら動いているのに気づき、もっとよく見えるようにと壁から電伝虫を離す。
徐々に鮮明になるそれに、彼女の瞳は段々と見開いていったのだった。
「きゃあ〜!!」
掃除をしているはずの愛しい彼女の悲鳴を聞きつけ、廊下を歩いていたマルコは足を速めた。
幸い声は近いが、その声の元であろう部屋の持ち主を思いつき頬を歪めるマルコ。
カツカツと鳴るサンダルの音が彼の苛立ちを最大限に現していた。
「エース!てめェ、何しやがっ・・・あン?何やってんだ、名無しさん。」
予想に反して部屋に一人きりだった名無しさんを見て安堵を漏らすマルコだったが、ベッドの横に両膝をついて何やら手元をゴソゴソと忙しなく動かしている彼女の顔を見て驚いた。
「な、なんで泣いてんだよいっ!」
駆け寄って雫の流れる目元を乱暴に拭い、再び顔を覗き込んだマルコはその頬が真っ赤に染まっているのに気づき、慌てて名無しさんに問う。
「エースか?エースに何かされたかよい?」
「ち、違います!あの、こっこれ!」
差し出された両手の平に乗る小さな電伝虫。
マルコには見覚えのあるそれに嫌な予感がひしひしと首を擡げる。
「これ、どうしたんだよい。」
「べ、ベッドの下に・・・。」
若い男のベッドの下の再生専用映像電伝虫。
中身を見なくてもそれだけで充分事の顛末を推測したマルコが、いまだ目の前で赤くなって蹲る名無しさんの髪をさらりと撫でる。
「観たのかよい?」
「・・・・はい。」
予想通りの答えに、鼻で笑ったマルコが指で梳くように遊んでいた髪から彼女の顎へと手を伸ばす。
「忘れろよい。」
「む、無理です!」
まだ若干涙の残る大きな瞳でやっと視線を合わせた彼女に、喉を鳴らして笑ったマルコが意地悪な笑みを浮かべる。
「そんなにスゴかったのかよい?・・・・オレのよりも?」
耳元で囁かれたマルコの声に、音のしそうな勢いで再度顔を赤らめた名無しさん。
頬と同じように赤く熱を持つ耳にペロリと舌を這わせたマルコは、クツクツと漏れる笑みを堪えながら、その微かに震える細い肩を抱きこんだ。
「記憶の上書き・・・してやろうか?名無しさん。」
強張った彼女の体の反応に気を良くしたマルコが、その白い首筋にいままさに喰らいつこうかという時、廊下の向こうからバタバタと忙しない足音が聞こえてくる。
「ちっ!」と一つ舌打つマルコが名無しさんの身体を解放すると同時に、部屋へと入り込んだサッチとエース。
「なんだよ、名無しさん!さっきの声・・・あーーーーっ!!!」
入ってきた時の心配げな表情はどこへやら、マルコの手の中の電伝虫を見るや否や、光の速さでそれを奪還するエース。
すぐさまポケットへと押しやられたそれを目ざとく見たサッチが、同じように大きな声を上げる。
「んあっ?・・・あぁっ!!エース、それお前!俺の若妻っ・・むぐぅ!!」
「なんだよい、サッチ。」
何か言おうとしたサッチの口を瞬時に塞いだエースを見やり、怪訝そうに眉を顰めたマルコ。
「い、いや・・・なんでもねェんだ、マルコ。わかった、ちゃんと片しておくからよ!」
サッチの口を両手で覆い隠したまま、額から汗をだらだら流すエース。
「・・・あぁ。いくぞ、名無しさん。おめェもあれくらいでキャーキャー騒ぐなよい、いつもヤッてやってんだろい・・・いてェ!グーで殴んなよい。」
クツクツと喉を鳴らしながら名無しさんの肩に手を回すマルコと、マルコの言葉に真っ赤になりながらその硬い脇腹を華奢な拳で叩いた名無しさんが部屋を出て行く。
「エース・・・俺の若妻ちゃんシリーズ!こんなところにあったのかっ!!言えよ、お前。ずっと探してたんだぞっ!」
「・・・おう、悪ィな、サッチ。」
「もう、何だよ。平面なオンナに興味ないって言ってたじゃねェか・・・お、あったあった!」
「シリーズ4!これ最高!」ベッド下を覗きこんで次々に映像電伝虫を取り出し、嬉々とした声を上げて愛しそうに頬擦りするサッチ。
その背中を見つめていたエースが、不自然に天井を見やり赤くなった頬を隠し、誰に聞かれることのない小さな声で囁いた。
(名無しさんに似てたから・・・とか絶対言えねェ。)