それからU
□台風一家
1ページ/1ページ
「ねぇねぇ!マジでヤバくない?」
可愛い顔を蒼白させて、停泊中のモビーへと帰船したハルタ。
船内へ入り、皆が顔を寄せ合う食堂へと入った瞬間に、額に滲む汗もそのままに声をあげた。
「何が?台風のことか?」
なぜかウキウキと口元を緩めたエースが、ハルタに近づき額に張り付いた前髪を手の甲で乱暴に払いのけた。
「うん、街の人に言われたよぉ。すごいのが来るって!」
「子ども扱いしないでよぉ」と小さく呟いたハルタが席に座ると同時に、サッチが徐に立ち上がった。
「夜には大型台風が来るって航海士チームも言ってたしな、補強はしといた方がいいかもな。」
すでにガタガタと鳴る船窓を見やり、心配げに呟いたサッチは自分の隣でニヤニヤと笑うエースの頭を殴りつけた。
「いてェ!!何すんだよ、サッチ!」
「台風が楽しいなんて、まるっきりガキだな、お前は!」
「うるせェ、ワクワクすんじゃねーか。」
拗ねたエースの膨れた頬を、今度はハルタが突っついた。
「お前ら、倉庫から木材取って来いよ。あっ、名無しさんちゃんはいいよ。」
じゃれ合う二人に命令した自分の背後から倉庫へ向かおうとする名無しさんに気づき、慌てて制止をかけるサッチ。
「え〜、いいじゃない。一緒にいこ、名無しさん。」
「うん。取りに行くだけだから大丈夫です。行って来ますね。」
斜め前で振り返っていたサッチに向かってニッコリと笑み、腕に密着するハルタと相変わらずワクワクと足を躍らせているエースを従えて、名無しさんは甲板の倉庫へと出て行った。
「うわっ!すげー風だなっ!な?名無しさん。」
甲板へと出た途端に吹き付ける突風にますます笑みを濃くしたエースが、数歩歩いて振り返る。
「きゃあっ!!」
刹那エースの目の前に広がる白い布の波。そこから見える同じように白い名無しさんの両足。
白いスカートとは違う布の色が見えた途端に閉じられた其処から、名無しさんの真っ赤な顔が覗く。
「見た?!」
「・・・・。」
「エース?・・・見えた?」
不安げに上目使いでエースを見上げ、バタつくスカートの裾を両手で押さえつけた名無しさんが再度問う。
「いいいいいい、いや!みみみみみ、見てない!」
「・・・・見たんだね?」
噛みまくるエースの赤い頬に、下から覗き込んだハルタが呟く。
「見てねェ!見てねェったら、見てねェ!倉庫いくぞ!」
右手右足を同時に出して歩みだしたエースに、名無しさんは未だ赤い頬を隠すように俯いて軽くため息をついた。
「よし!こんなモンだろ?」
揺れるリーゼント、額に巻かれた鉢巻、口に咥えられた釘。
大工を絵に描いたような格好をしたサッチが、甲板へと通じる扉に貼りつけた木材を見やり自慢げに振り返った。
「船大工チームにやらせりゃ、もっと上手いんじゃねェ?」
「あいつらは船体補強に忙しいんだよ。このくらい俺たちで出来なきゃどうするよ。」
額の鉢巻を取り外しながら道具箱にトンカチを仕舞うサッチは、屈みがちでいた腰を伸ばしつつ辺りを見回した。
「あれ?名無しさんちゃんは?」
「あ?部屋にいるって、あいつ怖ェみたいだぞ。楽しいのにな、台風!」
「エースが変なんだよ、台風でワクワクなんて!」
補強された板に指をかけてその強度を確かめていたハルタが、エースに振り向いた途端、激しくドンドンと音を立てる扉。
「うわぁぁぁ!!」
驚いて首に纏わりつくハルタを剥がしながら、隣に立つサッチが明らかに誰かが叩いているであろう音の元へと声をかける。
「あぁ?誰だよ?!」
「オレだよい、なんだよ。開けろよい。」
「・・・あぁ!マルコか?」
扉に耳をつけながら、外からの声を確認したサッチは徐にしゃがみ込み、再びトンカチを持って反対側のくぎ抜きで板を外そうと試みる。
「マルコ、まだ偵察行ってたのかよ?てっきりもう帰ってるかと思ってたぜ。」
「うるせェ、早く開けろよい。」
扉を越えて交わされる会話に、待ったをかけるエース。
「待て待て!!サッチ、罠かも知れねェぞ!」
「はァ?」
思いがけないエースの言葉に、きょとんとした表情で振り返り手を止めるサッチ。
「お前、ほんとにマルコか?証拠は?」
「・・・なんの証拠だよい。その声はエースかよい。」
「偽物かも知れねェだろ?!」
ふざけた様子もなく真剣に宣うエースに半ば呆れ気味のサッチの隣で、暢気な声が上がる。
「じゃあ、質問に答えてもらったら?マルコにしか分からないような質問。」
「お!ハルタ、ナイス!!・・・ぐあっ!思いつかねェ!」
両手で髪を掻き毟るエースの代わりにハルタが扉の前へと立つ。
「マルコ?・・・・名無しさんの今日のパンツの色は?」
「・・・なんだよい、それ。」
「いいからぁ!答えて!」
チラリとエースを見上げながら、扉の向こうの不満げな声に向かって強く言い放つハルタ。
その後ろでサッチが小さく呟く。
「マルコにしか分からないなら、正解も分かんねェじゃねーか。」
リーゼントの形を気にしつつも髪をカシカシと掻き、呆れ果てて再び釘を抜こうと扉に近づいたサッチの耳にマルコの唸るような声が届く。
「・・・薄いピンクだよい。」
「おぉ!正解、マルコだ!」
「えぇ!?・・・痛ェ〜!!」
まさかの回答と解答に驚いて手を放したサッチの足にめり込むトンカチ。
声にならない叫び声をあげてピョンピョンと飛び跳ねるサッチを余所に、手にしたトンカチでいそいそと釘を抜き、扉を開いたエースの頭に、鬼の形相をしたマルコの拳がめり込んだ。
(痛ェ!!ちゃんと開けただろ?!)
(・・・なんで正解知ってんだよい?)
(ボク、知〜らないっと!)