それからU
□覇気使い
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「ふわぁ〜、いいお湯でした!」
ほかほかと温かい湯気と甘い香りをたてて廊下を歩く名無しさん。
片手で濡れた髪を軽く拭き取りながら、何か冷たいものでも・・・と足はキッチンへと向かう。
すっかり夜も更けたとはいえ、夏島海域を往くモビーの船室内は、どこもかしこも蒸し暑い空気で満たされている。
数少ない空調が設備されているのは隊長クラスの部屋のみだが、マルコの部屋と扉続きで配されている彼女の部屋は、いつもは気の効く恋人のおかげでその扉を開放されて冷やされているはずなのだが・・・。
(たまに意地悪なんだよね、マルコさん)
彼女の部屋を冷やしておくことによって、別寝を余儀なくされることに気づいたマルコは最近わざと扉を閉め切って名無しさんを自室におびき出そうと躍起である。
はたして今日はどうだろうか・・・と思案を巡らせた名無しさんが、くるりと進路を曲げて食堂へと足を踏み入れた。
「あれ?エース・・・サッチさんも。どうしたんですか?」
足を止め、見開いた目を向けた先には、目にも涼しいガラスの器を両手で抱え中身をがっつくエースの姿とそれを見守るサッチの姿。
「あ、名無しさんちゃん!アイス食う?」
「えっ?アイスですか?やった!」
立ち上がって早速キッチンへと姿を消したサッチと入れ替わりにエースの隣へと座る名無しさん。
「おいしい?エース。」
掛けられた声と風呂上りの清潔な匂いに、アイスに夢中だったエースが名無しさんに向き直る。
「あぁ、名無しさん・・・風呂上り?いい匂い。」
「え?・・・う、うん。」
口端からアイスを垂らしてこちらを凝視するエースに、若干身を引いて応える名無しさん。
クンクンと鼻を鳴らし、顔を近づけてくるエースにうろたえていた名無しさんの前にコトリと置かれるガラスの器。
「お待たせ〜!サッチさん特製、ヴァニラアイス!」
「うわぁ!・・・バニラじゃなくてヴァニラ?」
「そっ、本格的にヴァニラビーンズを加えてみました。だからヴァニラ!」
大げさに発音したサッチの言葉にクスクスと笑いながら目を落とすと、そこには仄かに冷気を漂わせた生成り色のきめ細かいアイス。
「オヤツはサッチさんに敵わないんですよね〜、繊細で素敵!」
「あぁ、サッチのオヤツはうめェっ!」
「照れるぜ、あんま褒めんなよ。さ、名無しさんちゃん、溶けないうちにどうぞ!」
人差し指で頬を掻きながら、微笑む名無しさんを促すサッチ。
「いただきます。」と行儀良く手を合わせた名無しさんが、小さなスプーンをそっと差し入れる。
銀のスプーンが触れた場所から、トロリと溶け出し甘い芳香を一層漂わせるそれに、名無しさんの口から感嘆のため息が漏れる。
蕩けるそれを掬い上げて、小さな口へとおさめた名無しさんは、キラキラと瞳を輝かせ、目の前に座るサッチに精一杯の賛辞を贈る。
「サッチさん、すごく美味しい!これ、空気を程よく含んでいて甘さも調度いい・・・攪拌大変だったんじゃないですか?」
作る側の苦労を分かっている名無しさんの惜しみない褒め言葉に、サッチの頬が緩みだす。
「そうなんだよ〜!分かっちゃう?大変だったんだよね〜!」
ニヤニヤと締まりのない顔で腕を組んで胸を張るサッチを見やり、咥えたスプーンを面白くなさげにプラプラと揺らしたエースが宣う。
「ちぇっ!ただのアイスじゃねェか・・・うめェけど。」
「なんだと?エース、お前にこの料理人の苦労が分かって堪るか!一口で食いやがって、バカ野郎めがっ!」
「何口で食ってもアイスはアイスじゃねェか、冷たけりゃうめェんだよ!バカサッチ!」
突然始まった罵りあいに、最初はうろたえていた名無しさんだったが、すぐにいつもの兄弟喧嘩だと思いなおし、言い合う二人の隣でスプーンを進めた。
「だいたい、なんでも懲りすぎなんだよっ!おかげで無駄に待たされるだろ?腹減ってんだよ、俺は!」
「お前は腹が減りすぎなんだよ。燃費の悪いヤツだぜ、全く!」
テーブルに頬杖をついて顔を横へと逸らし悪態をつくエースと、その正面で立ち上がりエースのこめかみ目掛けて指を弾こうと構えたサッチがバランスを崩す。
「「うおっ!?」」
「きゃっ!」
ユラリと大きく波に掬われた船体が傾げ、サッチが慌ててテーブルの端を掴む。
「名無しさん!大丈夫・・・」
椅子にシッカリと座りなおしたエースがすぐさま隣で小さな悲鳴をあげた名無しさんを見やり、静止した。
その様子に、倣うように視線を向けるサッチ。
二人の目の前には、ちょうどスプーンを口へと運んでいただろう名無しさん。
口端に垂れたアイス、慌てて指先で拭いとりながら、手に滴り落ちた白い雫をチロリと出した赤い舌で舐め取り、照れたように頬を赤く染める姿だった。
「す、すみません!急に揺れたから・・・お行儀悪いですね。」
「「あぁ・・・いや、うん。」」
「?・・・サッチさん、ご馳走さまでした!おやすみなさい。」
手際よく二人分の食器を片付け、いまだしっとりと濡れた半渇きの髪を耳へと掛け、固まった二人の様子に疑問符を浮かべつつも、自室へと向かうべく食堂を後にした名無しさんの後ろで、先ほどの喧騒はどこへやら、何も言えずただその余韻に浸る二人だった。
(・・・なにしてんだよい、おめェら。)
(覇気にやられた・・・まさかの覇気使い。)
(あン?・・・何言ってやがんだよい。)
(エロ・・・エロ色の覇気だった・・・。)