短編集U

□不謹慎
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「あなた、そこで何してるの?」


昼食をとるべく食堂へと向かい、そこでいつものように昼食を取り帰りにコーヒーをマグに一杯もらい自分のオフィスの扉を開けた私の目に飛び込んできたのは、海軍の制服を着た、見知らぬ男だった。


「あぁ、見つかっちまったねい・・・・。」

「そこは私のデスクよ?何か用かしら?」


言葉とは裏腹に全く焦る様子もないその男を観察しながらも右手を腰の得物へと伸ばす。
同胞の制服を着てはいるが・・・この男、海賊だ。

女だてらに本部の中将まで上りつめた私は、目の前で緊張感のない表情でニヤリと笑うその男に再度問う。

「何をしているの?と聞いてるの。答えなさい。」

「コーヒー・・・もったいねェよい。」


私が放り投げたマグを見下ろし心底残念そうな声を出したその男に苛立ちが募り、つい焦って得物を鞘から抜いて相手に詰め寄った。

私の出したそれをかわすどころか正面から受け止めたその男は、刀が突き刺さった腹には構わず私の身体を拘束した。

「なっ!あなた、能力者?」

「あぁ、悪ィねい・・・オレに刃物は効かねェよい。」


突き刺されたままの得物をそのまま横へと引き、自らの身体を横に引き裂いたその男は、途端に不思議な蒼い焔に包まれた。

男に身体を拘束されている私ももちろん動けぬまま、その現象の中で呆然とする。

無意識に力の抜けた手から獲物を叩き落とされた音で我に返った私は、眼前に迫ったその男をにらみつけた。


「あなたは・・・!」

「不死鳥マルコだよい。」


名乗りを上げた海賊の名に、奥歯がギリリと悲鳴をあげた。

見た目の緩さに油断をした自分が悔やまれる。

「・・・好きになさい。私の負けよ。」

得物を落とされたまま、ガッシリと拘束された状態でこの大物に勝てる要素など、いくら中将と言えども見つからない。

勝てる算段を見失った私には、潔く負けを認めることしか見えなかった。

「へぇ、女のくせに潔いねい。」

バカにしたかのような海賊の口調に、カッと血が上る。

「女だろうと男だろうと関係ない!力で負ければ死ぬだけよ。」

「・・・・・・・。」


後ろ手に締めあげられた腕に力が篭る。

「うっ・・・」

思わず漏れた苦痛の声に海賊の口角がいやらしく上がる。

「相手は男だ、色仕掛け・・・なんて選択肢は、おめェにはねェのかよい?」

「あるわけないでしょ?・・・っ!離して!」

否定の意を示した私の頬を大きな手のひらで包み、強引に視線を合わせてくる海賊を睨みつけたが、新たに浮かんだ死よりも最悪の事態を想像し額に汗が滲んだ。

「まぁ、この状態でおめェに選択肢なんて一個もねェよい。オレにはあるがねい。」

「なっ!?」

「勝って得たものは自分のもの・・・だろい?」


いかにも海賊らしい論を述べて、ふたたび頬を吊り上げる男に海軍としての自分の腹が固まっていくのを感じた。

「・・・・好きになさい。」

「ほう・・・、いい覚悟だ。」


分厚い唇をベロリとひと舐めしたあと、私の顎を固定していた手に力を込めた。

「んっ!」

不本意な重なりに嫌悪を露わにした私に、覆いかぶさる分厚いそれがニヤリと笑ったような気がした。

「っ!・・・痛ェ、噛むんじゃねェよい。」

「はっ・・・当然よ!」

傷ついた唇をひと撫でして愉しそうに笑う男が私の腕を解放する。

「?」

トンと胸を突き飛ばされて後ろへと下がった私は、目の前で小さく上がった焔が男の唇を流れるように沿って消えるのを見やりつつ、身構えた。

「気の強ェ女は嫌いじゃねェよい。今日はコレを手に入れに来ただけだ。」

ひらひらと紙束を振り、それを乱暴に腰布に挟んだ男はいまだ睨みつけたままの私を見つめて微笑んだ。

「今度はおめェを奪いに来るよい。荷物まとめて、待ってろよい。」

「はぁ?・・・なにいって・・・あっ!」


スタスタと窓際へと歩き出し、後ろ手をひらひらと振る男を逃すものかと追いかける。

ボボボと軽い音を立てて蒼い焔が上がる前に、男のシャツを引っつかむ。

「あ?もう恋しいのかよい?仕方ねェヤツだよい。」

「ちょっと!勝手なことを言わないで!」


語気を強める私の肩に手を掛ける男を不思議と振り払う気にもならず、クツクツという笑い声と共に耳元で吐かれた男の言葉に頬が熱くなるのを感じた。

「捕まえるつもりかい?・・・・得物も持たずに?」

同時に首筋に確かに熱く灯る小さな熱。

少しの間だけのそれが離れた瞬間、視界は蒼い焔でいっぱいになる。

熱を受けた首筋に手をやり、呆然とそれを見ていた私に背を向けて蒼い焔を纏った不死鳥がまた違う色彩の大きな空へと飛びたっていった。



青に蒼が溶けていく様を見つめていた私は、首筋の跡が消える頃には再び姿を現すであろう彼に、今度は増えた選択肢でどう戦ってやろうかと、蒼い残像が残る瞳をそっと閉じた。


彼の残した不思議な熱、首筋には夢の跡。

                     

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