小説・蓋を開けたら2
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剥き出しの岩肌に、決して太いとは言えない木々、所々に茂った草。前日の雨の所為か、苔で滑りバランスを取ることは難しい。自分の隣にいる、野生児と名高い少女、サファイアまでもが動きづらそうにしているのだから相当だ。だが、それは自分達を追ってきている相手とて同じことだと、うまい具合に追手の視覚から逃れながら、少年、ルビーは思った。視線の先で青服3人が何かを話している。
あの3人はおそらくリーダー格だ。他の下っ端とは比べ物にならない程の実力があるだろう。この状態でその3人に真っ向から立ち向かって勝てると思うほど、楽観的な思考はしていない。更に、あの3人に勝てたとしても、この場に何人いるのか分からない下っ端を相手にしなければならない。
じっと考えを巡らせているルビーの分まで、相手の動向を探ろうと目を凝らすサファイアの視界の隅に、青い光が映る。
「っサファイア!」
反応する前に、隣にいたルビーが彼女を庇い覆いかぶさった。
サファイアの目の前で、赤が舞う。
「ルビー!?」
右目の上辺りから血が流れ、彼が被っている帽子に赤が滲む。目は傷ついていないようだが、流血の所為で目を開けるのは難しいだろう。
だが、休む暇は無い。
「見つけましたよ」
ルビーは青服のその言葉に押されるように、サファイアの手を引きその場を走りだした。
刃と化した水が2人を囲む前に動きださなければならない。
不安定な足場故傷口を押さえる余裕すらなく、血はだらだらと流れ続ける。
片目が塞がっている所為で距離感や位置が曖昧になるが、それでも相手の放つ魔法をサファイアと共に相殺しながら逃げていく。
青服はこちらを生け捕るのが目的なのであまり大きな魔法攻撃はしてこないが、既に怪我を負わされた身だ、油断はならない。
必死に走り、そして、目の前に広がった景色に2人は絶句した。
2人が立っているのは切り立った崖の上。微かに水の音が聞こえ、下の方できらりと光ったものは確実に川だろう。だが崖の下に広がる針葉樹林の印象の方が強すぎる。まるで剣山だ。
「全く、面倒を掛けないでください」
「っく…!」
牽制のつもりか、これ見よがしに水を操る細身の男性を睨みつけ、ルビーはサファイアを自らの後ろに庇った。その裏でここを2人で切り抜ける方法を考えるが、残念なことに良い方法が浮かばない。
崖は跳び下りるにしては高さがありすぎるため、うまい具合に川へ飛び込めたとしても衝撃で大怪我は免れない。魔法を使ったとしても疲れているこの状態では魔力が尽きて気を失う可能性が高い。
「(…サファイアだけなら)」
サファイアの服はルビーが作ったもので、作る際に防御の魔法をかけている。よく怪我をするサファイアに対する気配りでかけたのだが、思わぬところで役立った。逃げ回っている時に何度か効力が発揮されたため既に込められた魔力は尽きかけているだろうが、サファイア1人くらいなら崖から落ちてもなんとか大丈夫だろう。
「聞いて、サファイア」
「何ったい?」
意を決して、小声で後ろに居るサファイアに話しかける。そして、簡潔に自分の考えを伝えた。
「なんば言うとうと!?」
「ボクたちが2人して捕まる訳にはいかないだろ」
「でも…!」
「さっきから、何の話をしているのですか?ご自分の立場をおわかりで?」
こそこそと言葉を交わす2人に痺れを切らせたのか、青服が1歩ずつ近付いて来る。
「くそっ…!サファイア早く!」
「嫌ったい!それなら…!!」
「何を…!?」
サファイアは言いながら、頭に巻いていたバンダナを毟るように取ると、それをルビーに押し付け、そのままルビーを崖下に突き飛ばす。
「いつもの、お返しったい」
付き飛ばす時、その一瞬、囁くように呟き、にこりと微笑む。
「サファ…っ」
反射的にサファイアを掴もうとした手は、無情にも空を切る。押し付けられたバンダナには魔法陣の光が淡く輝き、それがサファイアの服に施していた防御の魔法のものだと直感した。
「サファイアーーーー!!」
流れる血の所為で片目しか開けないその目で、サファイアが青服達に向かっていくのを見た。
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