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※まだ燐が悪魔だとバレてない頃の話。



「あ〜あー腹減った。飯どうすっかな〜」


街は休日の為か行き交う人々で賑わっている。
家族連れやカップル、若者達の群。
それらを横目に奥村燐は何処に向かうでもなくただフラフラと歩いていた。

「あ、奥村く〜ん」

背後から名を呼ばれ、その妙に軽い声の主の方へと振り向く。

「なにしてはるの?」
「なんだ、お前かよ」
「酷い言い草やなぁ」

そういって眉を下げ苦笑いするのは、同じエクソシストの塾に通う志摩だ。
休日だからか、いつもの着崩した制服ではなく、ラフで少しオシャレな私服だった。
頭は相変わらずのピンク色だが。

「そうだ志摩、どっか飯食いに行かねー?俺朝から何も食ってねぇんだよ」
「ん〜どうせやったら杜山さんとか神木さんとご一緒したいとこやねんけど」
「なんだよ連れねぇな〜」
「いやいやそれはただの儚い希望であって別に奥村君と行きたないとかそういうこととちゃいますよ?」
「あ、そうなのか?んじゃあ行こうぜ!!そこの店が近いな」
「あ、ちょっと待っ…って早い。あの勢いはどこから…置いてかんといて〜」


 燐が一目散に入った店は若者に馴染み深い所望ファストフード店というやつだ。
やっと追いついた志摩を尻目にさっさと注文をした。
今日は特に腹が減っているのでセットに+単品で色々付けた。
志摩も適当なものを注文し、番号札をもらって先に座っていた燐の向かい側の席に座った。

二人の座る席は窓際で、外を歩く人の波が見える。
少しして運ばれてきたまだ暖かいバーガーを、包みを剥がす時間も惜しいというかのようにもの凄い勢いで口に入れていく燐。
それをポカンとした顔で見るしかない志摩は、自分のバーガーに目を落とすとそれをモシャモシャと食べ始めた。
その頃には燐は二つ目のバーガーに突如していた訳だが。

暫く無言で食べ続けたものの、目の前で異常な速さで減っていくバーガーを直視できなくなった志摩は目を人波溢れる外に向けた。

「お、見てみぃ奥村君。あそこのお姉さんめっちゃ美人さんやで」
「んぐっむぐっ…ん?お姉さん?」

そこでようやく食べる手を止めた燐。きっと志摩に話かけられなければ、ひたすら食べ続けていただろうことが容易に想像できる。

「そこにおるやろ?あのベンチに座ってる髪の長い人や」

志摩の言う美人なお姉さんとやらを見つけるために目を凝らす。
ベンチに女性はその人だけだったのですぐ見つかった。

「ホントだ結構美人…ん?」

確かにその人は美人だった。艷やかな長い髪に整った顔、程よい胸の膨らみに加え細くて綺麗な足。
だがその時、燐は彼女の足元に何やら蠢く物体を発見した。

その物体はひょこひょこと動いては彼女の足にまとわりついている。
あんなに動き回っているのにベンチに座る他の人達は見向きもしない。なんだか変な感じだ。

不思議に思いながらも残りのバーガーを食べようと目線を戻そうとした時だった。
突然それまで普通に座っていた彼女が、何者かに引っ張られたかのように倒れた。

否、普通の人が見たらそう見えただろう。

だが燐には見えた。
彼女の足元をうろついていた物体――悪魔がその細い足を引っ張るのを。

「っ!また悪さしやがって!」
「ちょ?!急にどこ行くん奥村君!まだバーガー残ってるやんか」
「だー!悪魔がそこにいるんだよッ!見えんだろ?」
「えー嘘やん……ほんまや」


結局俺らが駆け付けた時には既に時遅し。悪魔の姿は露と消えていた。

「あークソッ!!逃がしちまった」
「はぁ、はぁ…あの悪魔、ゴブリン系の悪魔やったなぁ。」

雑魚みたいだったし、気にしなくていいだろうと、この時はその程度で終わった。

だが、それがある事の前触れであったと知るのは、数日後の話だった。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「今日の授業は野外実習です。身の安全を一番に確保しつつ、1人で無茶をしないよう十分に気を付けて下さい。」

雪男が今回の実習の説明をしている。
"1人で無茶"のところで雪男が燐をチラッとみたのは気のせいではないだろう。
いつもいつも、お前は俺のオカンかと言いたくなるような口うるささの弟である。
どうせこの説明が終わった後もまた個別に小言を言われるに決まってる。

そんなことを考えて多少ゲンナリしていた燐だったが、久しぶりの実習。
ワクワクは隠せない。今でも服の中で尻尾が大はしゃぎしている。
まぁ尻尾など見えなくても顔にバッチリと表れているのだが。

「今回の実習は最近街に大量に出没していると報告された下級悪魔ゴブリンの退治です」
「けど先生、そういう仕事はエクソシストの仕事とちゃいますか?俺らはまだ塾生や」

優等生のようにキチンと手を上げ発言した勝呂。
その疑問は皆もそうだったようで、顔を見合わせては同意している。
確かに塾生が悪魔退治なんて…ないことはないと思うけど…珍しいことだ。

「はぁ…僕も貴方達に雑魚とは言え悪魔退治はまだ早い気がします。しかしエクソシストだけでは手が足りないんです。」
「大量発生って言うてましたもんねぇ」
「僕怖いです…」

どうやらエクソシストだけでは手が足りないから俺らにも手伝って欲しいってことだった。

いつものつまらない座学よりこっちの実践の方が何倍も楽しいだろう。
こちらとしては万々歳だ。

「ではまず敵の数が多いので手分けして駆逐しようと思います。1グループに必ず1人は先生が入りますので、生徒の皆さんは安心してください。ですが、油断はしないように。」

駆逐って…言い方こえぇよ雪男。
それより、俺は誰と一緒になるんだろう…しえみとかが良いな。





ザッ、ザッ、ザッ、ザッ

「…なんでお前となんだよ」
「良いじゃない。もし兄さんが炎とか尻尾出しちゃって、それが他の人にばれたら大変でしょ?だから僕と2人で組むのが安全だよ」
「出さねーよ!!俺だってそんな馬鹿じゃないんだからな!!」

硬く乾いた床に転がる砂利は、踏みしめるたびに辺りの静寂を際立たせた。
2人は一番被害を受けている場所から少し離れた廃墟を調査している。
何かあった時に人に見られない為だと雪男は言う。…何かってのは燐が炎を出してしまうことだ。

どこまでも過保護な弟だと燐は嘆息した。


しばらくゴミと瓦礫しかないような廊下を進む。未だゴブリンは未発見だ。
大した面白味もなく廊下を曲がった時だった。

「ゴブリンいねぇなぁー」
「そうだね……っ?!…いた、あの曲がり角。追うよ兄さん」

そう言い終わらぬうちに走り出した雪男。その意外と俊敏な弟を、待てよと言いながら追いかける。


辿り着いたのはホールのような場所で、照明用なのか二階がある造りだ。
舞台部分もあるようだが今は弾幕で中までは見えない。

目的のゴブリンはすぐ見つかった。だが、ホールの真ん中に待機していたらしき数匹のゴブリンと合流されてしまった。

「増えやがったぞ」
「好都合だよ」
「なんでだ?」
「この程度の雑魚なら集まってもらった方が一気に殲滅出来るから楽だ」

弟とはそう言って黒い笑みを浮かべ銃を構えた。相当悪魔が嫌いらしい…俺も後ろからパーンて撃たれたりしないだろうか。

「行くよ、兄さん」
「お、おう!」

そうやって自然と声を掛けてくる弟に、先程のくだらない考えを改めた。
悪魔以前に、俺は雪男の兄なのだから、と。


ゴブリン達はこちらに気付くやいなや襲い掛かって来た。知能が低いせいか全く統率性がない。

雪男は銃のスライドを引くと敵に向かって駆け出した。
燐も刀を抜いて飛び上がり敵へと斬り込む。

息の合った見事な連携で敵を倒す双子。
兄が切れば弟はその背後や横の敵を撃つ。決して兄にその銃弾を当てることはない。
発砲音と燐の怒声がコダマする。

殲滅し終えた頃には、空薬莢と戦いの熱だけが冷めずに転がっていた。



「楽勝だったな!!」

燐は刀を鞘に仕舞いつつ楽しそうに言った。

「毎回あんな楽な戦闘だと思わないでよ」

そうやって釘を打つ雪男の顔も、兄に釣られて自然と笑顔になる。

2人は武器を仕舞ってホールから出ようと舞台とは逆方向に背を向けた。



ゴッ…ゴトゴト……ドスン



「…ん?今なんかーー」
「っ!?兄さん!!!」

奇妙な音が聴こえたような気がして足を止める。しかしその姿勢を保っていられたのはほんの僅かだった。
突如巨大になった謎の音と弟の叫び。体に衝撃を感じ、気付けば雪男に突き飛ばされていた。

硬い床に打ち付けた肩が痛んだが、それどころではない。
すぐに状況を確認する為に立ち上がる。

「な…雪男ッ!!!」

そこにはデカイ鬼みたいな化物と、その幹のように太い腕に首を掴み上げられた雪男の姿があった。

「あ…ぐっ、逃げ…て、兄さ……うぐっ」
「逃げる訳ねぇだろ馬鹿!!くそ、今助ける!!」

相手はこちらの三倍はあるのではないかという体躯であったが、怯まず刀を抜き走る。
揺らめく青い焔が激情を表すように激しく燃え上がった。

驚いたのか敵は雪男の首から手を離した。
雪男は急に離され舞い込んできた酸素にむせたが、咳き込みながらも距離を取る事に成功する。

「大丈夫か雪男!!」
「ごほっ、ごほ…だ、大丈夫だから。兄さんこそ、あまり無茶しないでよ」
「無茶してんのはお前だろ!!勝手に人を庇って、挙句1人で逃げろとか…俺をみくびんなよ」
「…その話はあとでしよう。今は目の前のオークだ」


仕舞った武器をまた取り出して構える。

『アオイ…ホノオ…サタン、サタン』
「しゃべった!?」
「人語を話すオークなんて…初めてだ」

オークはその顔のわりに小さな目で燐を見て、サタンと呟き一向に動こうとしない。
言葉を話すオークなんて珍しい、と雪男は驚いている。

「チャンスだよ兄さん。今のうちに倒そう」
「そう…だな」

一瞬頭をよぎった、話合えばオークだって退いてくれるかも、という考えを打ち消した。
燐はともかく雪男には襲い掛かったのだ。人間を襲わない保証などない。
倒さなければならないだろう。

迷いを断ち切る様に己の前で刀を一振りすれば、激しさを増す炎。

息を整え敵を見据える。
迷いは消えた。

「手加減はしねぇ」

後ろから聴こえた銃声を皮切りに敵の懐へ踏み込む。
近くにくれば来るほどその巨大さに舌打ちしたくなる。

一太刀目、敵の木の幹の様な足を薙ぎ払う。
そこに雪男の援護射撃がオークのアキレスに集中被弾する。
するといとも簡単に巨体はバランスを崩した。


すかさず跳び上がりオークの背中に止めを刺す。
刺した刀から見る間に焔が広がり、オークを青い炎が包んだ。

響く悪魔の断末魔と、その炎の主が青く染まる。

全てが終わった時、そこには焦げ跡しか残っていなかった。

「あっけないな」
「なに言ってんの、僕は冷や冷やしたよ」
「それはお前が勝手に…っ、あぁああもう!!そうじゃなくて」
「言いたいことがあるならちゃんと整理してから言いなよ」
「うっせーな。その…助かった」
「やけに素直だね兄さん」
「いいだろ別に!!」

ギャーギャー言いながらも雪男が無事で良かったと内心安堵する。
オークに首を掴まれているのを見た時は肝が冷えた。

「まぁお互い無事で何よりだね」
「そうだな」

その言葉で戦闘中張っていた気が抜けた。緊張を解くように一回伸びをする。

「ん〜っと、帰るか」
「そうだね」


言葉を話すオーク。
大量発生したゴブリン。

何故だか、なんてわからないけど。
身体の奥底に、昂ぶる己を感じた。
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