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□もしもしお電話ではありません
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なんでもない日


「あー今月もまた2000円札。メフィストのやつ…いつか絶対見返して金額上げてやる」

秋の訪れに色づく落ち葉達。
道に広がりまるでお洒落な絨毯のようなそれを燐は愚痴を零しながら歩いていた。

「どっかでバイトでもするかなぁ…」

そこでふと脳裏に過ぎったのは昔やったスーパーのバイト。
色々失敗ばかりしたけど、料理の腕は褒められた記憶がある。
あの時と今とでは燐を取り巻く環境も大きく変わったが、友達と呼べる仲間も出来たし、自分が何者なのかを知る事もできた。
だが良いことばかりでもない。
同時に父である藤本士郎を亡くしたことは燐に大きな影響を与えた。
しかしあの夜のことが無ければ自分はその後どうなっていたのだろうと思うと少し怖い。


悪魔か、人間か。

その狭間に揺れただ壊れて行くだけだったかもしれない。

そう思った。


らしくもない感慨に耽っていると、向こうから見慣れた顔がやってきた。

「兄さん、まだ校内にいたの?そろそろ塾始まる時間…」
「なぁ雪男、俺ってさ…もし、だぞ?もし、な。」
「なに?もしもしって電話かい兄さん」
「お前……ジョークのセンスないな」
「ほっといてよ」

雪男のつまらないジョークに心底どうでも良さげな顔を返した燐は、先程の質問を再度繰り返す。今度はハッキリと。

「さっきの質問だけど、もし親父が生きてて、もし俺があの日覚醒してなかったら…俺は、どうなってたと思う」
「兄さんがそんなこと考えるなんて珍しいな。」
「真面目に答えろよ。俺は真剣なんだぞ」
「んー仮定の話をされてもね…なってみなければわからない。けど、予想するなら…兄さんはあのままだっただろうし、僕も神父さんも兄さんに仕事のことは話さなかったかも知れないね。」
「本当にあのまま…だったのか」
「さぁ、あくまでも予想だから。過去の仮定に今の兄さんはいないよ。ほら、あまり悩んでないで、もう行かないと遅刻するよ」
「うわ、もうそんな時間かよ!まだ俺何の準備もしてない!先行っとく!!」

燐は足元の葉を蹴り飛ばす様に走り出した。
その背中に弟の呆れた声が追って来たが気にしている余裕はない。
猛ダッシュで祓魔塾へと急いだ。


@@@@@@@@


その後なんとか塾に間に合った燐は毎度のように居眠りを注意されつつ授業を終えた。
座学の授業はどうしても眠くなる。

そして外が暗くなってきた頃。
自室のベッドで寝転がりながら漫画を読んでいたら雪男が帰ってきた。

「ただいま」
「おかえり雪男」

雪男は部屋に入ったのにコートも脱がずに燐の側に寄ってきた。
たまにだが最近帰って来た時にキスしてくることがある。
なので帰宅してすぐこっちに来る時は少しドキドキする。
でも期待している様で恥ずかしく、持っていた漫画で顔が隠れる様に位置を調整する。

「…兄さん」

来た。
いつもこの声のトーンで呼んだ時はキスされる。
燐は反射的に目を閉じた。
手に持っていた漫画をすっと取り上げられる。
この胸の高鳴りが聴こえてしまわないだろうかと緊張する。それが逆効果でさらに動悸が増した。
ギュッと目を閉じてその時を待つ。

一瞬の間

雪男が息をのむ。

しかし期待していたものはもたらされなかった。

「…宿題は終わったの?」
「………へ?」

目を開けると複雑な表情で立っている雪男がいた。

「お、終わってるけど?」
「本当に?」
「ホントホント」

の反対の反対の反対が真実だがそれは言わない。
そんなことを言えば今夜は寝れなくなってしまう(健全な意味で)

「それよりどうした、雪男。変な顔して」
「してない。そんな顔」
「してるって」
「………」

何か悩み事でもあるのか。
ここは兄兼恋人の己が相談に乗るしかないだろう。
燐はそう納得して立ち上がると、軽く背伸びして雪男の頭を撫でた。


なんでこんなに背が高いんだ縮め。

「兄さん…」
「ん、なんだ?悩み事なら俺に相談しろよ。」
「昼間言ってたこと覚えてる?」
「覚えてるけどよ、それがなんだ?」

どうやら昼間のことが気掛かりらしい雪男。
急に背中に手が伸びて来て引き寄せ抱き締められる。
するとそのまま肩に顎を乗せ耳元で話始めた。

「僕は兄さんを護りたくて、強くなりたくて、悪魔に負けたくなくて、エクソシストになったけど」
「うん」
「悪魔は絶対に祓はなければと思う。けれどそうしたら兄さんはどうなるって思うんだ。だから昼間言ってた兄さんが覚醒していない、神父さんも生きてる世界があったらって」
「お前自分で言ったじゃねぇか。仮定の過去に今の自分はいないって。それと同じだろ?それに、俺はお前に祓われる気ねぇし。むしろ眼鏡粉々にしてやるよ」
「ぷっ…面白いこと言うね兄さん」
「…お前なぁ。ふざけたことばっか言ってると、んむッ?!」

何が可笑しいのかわからないが笑う弟に言い返そうとしたら、いきなりキスされた。
不意打ちはズルい。
唇を食んだり軽く噛まれたり。
気持ちがいい。気分的なものが大きいだろうか。尻尾も上機嫌に揺れる。

唇の表面がジンジンして来た頃ようやく離された。たぶん今唇は赤くなっているだろう。

「サタンの落胤。兄さんばかり言われるけど、本当は僕も同じだ。いつ覚醒するかもわからない。」
「どうした、昼の後なんかあったのか?」
「……ねぇ兄さん。もし僕も悪魔になったら、どうする?正体を無くしてただの化け物になってしまったら」
「またもしもしか。例えお前が悪魔になっても、他の奴には祓わせない。もしお前が暴走したら、俺がこの手で止めてやるよ」
「兄さん…」
「心配すんな、俺がなんとかする。」
「うん。兄さんが暴走したら僕も兄さんを止めるよ」
「なんだ、今日はやけに素直だな。気色悪ぃ」
「酷いな兄さん。僕だってセンチメンタルになるんだよ」
「せ、せんち?めんたる?」

センチってあの定規の目盛りんとこだよな?んでめんたる…ってなんだ。
めんたいこ+タルタルソース?

どういうことだよ。

「せ、せんちめんたるな!俺も好きだぞ!美味しいよな」
「食べ物じゃないよ兄さん」
「……え」




終われ
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