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□降りしきる想い
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ひさしぶりのまともな休日。
束の間の安らぎを大事にしたい律は、自宅近くの図書館に来ていた。
仕事柄漫画ばかり読むようになっているが、もともと文芸が好きな律は図書館で朝からずっと活字ばかりの小説を読みふけっていた。
漫画編集になってからというもの深夜帰りや会社に泊まることはもちろん、休日も作家との打ち合わせやなんだかんだと自分の時間をなかなか過ごせずにいた。
それにあまり自宅にいたくない理由がもう一つあった。
律の隣の部屋には、上司であり元恋人であった高野が住んでいる。「元」がつくんだから、いまは恋人でも何でもない。ただの上司と部下の関係だ。
そのつもりでいるのに・・・一方の高野の方は律のことを好きだと隙を見つけてはちょっかいを出してくる。
−もっと俺がきちんと断れば、高野さんも諦めるのだろうか
そう思うとなぜか胸の奥がチクリと痛む。
ただの上司と部下の関係でいたいはずなのに、いつも高野のペースに流されてしまう。しかも、それが嫌でないと思うもう一人の自分が心の奥底に存在していて、高野と一緒に過ごすうちに段々と大きくなっている。
−結局、俺はどうしたいんだ
高野は営業の横澤と大学からの付き合いで、横澤の口ぶりから恋人同士の関係・・・だったのだろう。
今もそうなのかはわからないけど、横澤が高野のことを大事にしていることはよくわかる。
そのせいか、横澤の律に対する当たりはかなりキツイ。でも、高野自身はどうなのだろうか?
−やっぱりこれって二股っていうんだろうか?
でも高野が律に「好き」だと囁き、律の身体に触れてくる指先や温もりはとても冗談だとは思えないものが・・・・
−あぁぁぁぁぁ!せっかくの休日だというのに、なんで高野さんのことばかり考えてるんだ俺は!!
高野のことばかり考えてきたことに気づいた律は頭を掻きながら、これ以上本に集中できないと図書館を出ることにした。
朝からずっと図書館に篭りきりだったので気が付かなかったが、来るときに晴れていた空はどんよりと曇り雨が降り出していた。
「予報のとおりだったな、傘持ってきておいてよかった。」
律が傘を差そうとしたとき、すぐ隣の小さな女の子二人が困ったような顔をして立ち尽くしているのが視界に入る。
恐らく傘がなくて困っているのだろう。律は短い溜息をつき、自分の傘を女の子たちの前に差し出した。
「傘がないんでしょ?これ使っていいから、早くお家にお帰り。」
「え・・・でもお兄ちゃんが・・・」
「俺は大丈夫だから。気にしないで、暗くなる前に家に帰った方がいい。」
女の子たちは最初は戸惑っていたものの、律の優しい言葉に安心したのか満面の笑顔で「ありがとう」と言いながら律の傘を差して帰っていった。
律は女の子たちの姿が見えなくなって初めてどうしようか、と考え出す。予報ではこの雨は明日の朝まで続くと言っていたからやむことはないだろう。
仕方ない、と覚悟を決めて律は家まで走ることにした。
段々と降りが強くなってきた雨はすぐに律の衣服を濡らし始める。
−コンビニで夕飯買っていこうかと思ったけど、このまま早く家に帰って風呂わかさないと風邪をひく
ここ最近の忙しさで冷蔵庫には何も食材入ってなかったな・・・などとネガティブなことを考えていたせいか、踏み出した右足を滑らせてしまった。
−まずい、転ぶ!!