短編集
□君が笑う
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些細なおしゃべりで
雨がこのところずっと続いている。
窓の外を見て、卓巳はそっとため息をついた。
おはよう。という声があちこちで聞こえる。
単調な毎日に吐き気がしそうだった。
机に突っ伏してホームルームまでの時を過ごす。
遠くで転校生という単語が聞こえた気がした。
「…ぁ…なぁ、ちょっと。当たってんで。」
肘を揺さぶられ、目が覚めると、どうやらもう授業が始まっているらしかった。
律儀に起こしてくれなくても、先生も次を当てるだろうに、隣のやつは「答えは29やよ。」とささやいてくる。
その通りに言葉を発すると、先生の関心はよそにうつったようだった。
隣を見やると、肩で切りそろえた髪にくりっとした目が印象的な女の子が座っている。
化粧をしていないのか、幼く見えた。
「数Bやよ、今。」
教科書をだそうとすると、丁寧に教えてくれる。
「で、お前誰?」
ぶっきらぼうに聞こえるように聞いたのに、返ってきたのはあまりに親しげな言葉だった。
「斎藤咲。さきでええよ。同じ斎藤同士、仲良くしよう?タクミくん。」
「いや、名前はいいけど、何でここにいる訳?」
少なくともさっきまで隣には机すらなかったはずだ。
「大阪から転校してきたんやけど、なんか、みんなうちの事嫌いみたいやねん。それともこのクラスみんな耳聞こえへん?」
何があったのかしらないが、咲と名乗るこの女は、さっそくイジメの標的にされたようだった。
「ま、そう思っとけば?」
集団の中で生きるのはなかなか難しい。
卓巳も途中で輪に入ることを放棄した一人だ。
咲は教室をぐるりと見渡すと、少し何か考えているようだったが、にこりと笑った。
「ま、一日目やし、友達できたし、いいや。」
その"友達"は俺のことか?とか、明日も変わんねーよ。とか、言葉はいくらでもあったが、俺は何もいう気が起こらなかった。
ただ少し、咲の笑顔がまぶしかった。