蝶よ華よ
□第十六章 花の名
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「もし何かあったら、大声で呼ぶんやで。俺と水羽はココで待っとるし」
「私も、待ってるから」
「うん。じゃあ行って来るね!」
「やっぱりちょっと待って!」
「ん?」
杏の部屋には何度か遊びに行っているが、陸にとって女子寮はほぼ未知の領域。彼女にとっては毎日を暮らす場所だが、花嫁の問題に巻き込むことになろうとは思っていなかったから――。
「あの、ごめ――「謝るのはナシ!すぐ戻って来るから!」
陸の言葉を遮って、そのまま女子寮の中へと消えた。
(大丈夫。……きっと、何も起こらないよ)
「さってと。この時間なら食堂だよね、神無さん」
(そういえば、もえぎさんの料理食べ損ねちゃったなぁ……)
杏の"神無"に対する情報は顔写真と陸から聞いた印象だけ。部屋がわかれば話は早いのだが、生憎下級生に知り合いなどいない。
だからと真っ直ぐ食堂に向かっていたが――その途中、とある人影を見つけて足を止める。
「あれ、土佐塚さん」
「っ!!――あ、夕方の……」
「こんばんは、また会ったね」
桃子は手にしていた携帯を急いで仕舞うと、何事もなかったことのように杏に笑いかけた。
「先輩、でいいんですよね。もう一人の……神楽さんも」
「二年生だよ、私も陸も。まぁいちいち“先輩”なんて付けなくてもいいけど」
「いえ、そんな!――あ、そういえば神楽先輩は花嫁なんですよね?誰の花嫁なんですか?職棟に帰ってるってことはやっぱり――」
「さあ?鬼と花嫁は自由恋愛なんだから、別に知らなくてもいいよね」
急に冷えた声音になった杏に、桃子はたじろぐ。
「っ、……そうですけど」
「そんなことより神無さんは?一緒じゃないの?」
「神無はあたしの部屋にいますよ。寝てると思うけど……寄りますか?」
「具合悪かったんだもんね、部屋はいいよ。じゃあ、また」
「はい、また――」
踵を返したところで杏は「あ、」と言って足を止め、肩越しに桃子を見る。
「そうそう土佐塚さん。言い忘れてたけど――友達って、なるの難しいんだよ?」
それだけ言って、今度こそ食堂へと歩みを進めた。
「……なによ今の。意味わかんない」