蝶よ華よ
□第十八章 忘れない
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「私の“トラウマ”は……大袈裟に言えば男性恐怖症。それが一番酷くて……辛かったのは中学生の頃。女子校だったんだけど、男の先生もいて……その授業は全部サボったくらい。話すことも、見ることさえどうしようもなく怖くて――でも、ひとりだけ例外がいたんだ」
陸は昔を懐かしむように、落ち着いた様子で話し始めた。
「中一の冬、それまで相談に乗ってもらってた生徒相談室の先生が産休を取ることになって……その代わりに来た「各務」って若い先生。まぁ“若い”って言っても自称だし、顔も見たことないんだけど」
「えっ?」
驚く神無に苦笑してから陸は続ける。
「そう。前任の先生から相談に来てる生徒の話は引き継がれてるから、私のことも知ってて。……でも“男”ってことでしばらく行けなかったんだけど、手紙で何度も『来い!』って言われてさ。それで仕方なく行ってみたらしっかり間仕切りしてあって。……拒絶しまくってる私にも、各務先生はちゃんと向き合ってくれたんだ」
「なぁ神楽、男ってのは馬鹿なんだよ。ちょっとしたことで自制がきかなくなって、やらかした後で悔やむ。……その繰り返しだ」
「神楽に手を出したヤツのこと怖いと思うのは仕方ないかもしれない。だけど、全部拒絶してかかるんじゃなくてさ、まず――目を見てみないか?」
「……各務先生の目は見なくていいの?」
「俺はダメ!いきなりのイケメンは刺激が強すぎるからね」
「……」
「だんだん私の心も解れて、男の先生の授業も出られるようになって――中三の夏頃にはほぼ緩和されてたな。でも先生、『神楽には顔見せない』って変な意地張っちゃって。で、そのまま卒業しちゃったからねー」
「写真とか、ないんですか?」
「ん?卒業アルバムならあるけど、写真だけじゃ私の場合は本人だって確信持てないし……今となってはそれも手元にないし」
「陸。懐かしんでるとこ悪いけど、話ズレてる」
『え、ああ……ごめん。これじゃただの思い出話だね』
杏に忠告されて、ふるふると頭を振った。
(そうだ。今話すべきなのは、これじゃない――)