蝶よ華よ
□第二十八章 覆う黒
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「まさか、鬼……?」
その可能性に、ゾッとする。ただの友人なら、父の死から十年たった今――彼が陸にこんな形で会いに来る理由がわからない。
「た、たすけ……みつ……」
「呼んでも、きこえないよ。お前の時間は一年前から止まっている。もう時間切れだ、魔法の時間は終わりなんだよ――シンデレラ」
「!?」
目覚めてから初めて、陸は自分の衣服を見た。綺麗なドレスはそこにはなく、黒い簡素なワンピース。
光晴に貰ったブレスレットも、携帯も持っておらず、あるのは髪を飾る赤いリボンだけ。
「一年前?そんなわけないじゃない」
「どうして?陸はずっと、ここで眠っていたでしょう。士都麻光晴との記憶?そんなものはお前の創造だ」
「創造なんかじゃない!光晴と、郡司と、透と……みんなとの思い出が私にはあるもの!」
「そんなのは全部夢だよ。長い、永い夢。――辛く、苦しいこと。楽しく、幸せなこと。様々だ」
「ゆ、め……?」
ゆらゆら、揺れる。いままで“確か”だと思っていたものが、急に曖昧に滲んでいく。
「今のお前に何がある?」
(そんなわけないと否定しても、私ひとりの記憶が、何を証明できるだろう)
(わたしの両手は、空っぽだった)
「永い夢は、いわば執行猶予。もう充分生きただろう」
「……」
「――ならば、償え。自身の父・紘一を死に追いやった己の罪を」