蝶よ華よ
□第二十九章 花嫁と父
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「わたし、の、罪?」
「そう」
「どうして……」
「『どうして?』可笑しなことを聞くね。よく、思い出してごらんよ」
十年前の十月――いつも通りの平穏な日常を送っていた神楽家に突如として響いた一本の電話。それは警察からで、陸の父親である神楽紘一が交通事故に遭い亡くなったという報せ。
トラックと歩行者の接触事故で、打ち所が悪く即死だったと聞いた。
当時七歳だった陸は正直この時の記憶は曖昧で、よく覚えていない。『聞いた』というのは母から伝えられたものだった。
「覚えてるよ、私。お葬式でおじさんが不運な事故だったって言ってたこと」
「ああ、不運だよ。陸、おまえが鬼の花嫁でなかったらあの事故は起きなかったんだから」
「!?」
その言葉に、陸の瞳が驚愕に揺れる。見上げた男の瞳は冷たい。
「おまえの母は真実を伝えなかっただろう。肇や良人にも口止めしたはずだ。――陸、おまえは事故当時紘一とともに現場にいた」
「……え……」
「点滅していた歩行者の信号を走って渡ろうとした幼い娘は半ばほどで転倒。慌てた父親が娘に追いついたその時、ハンドル操作を誤ったトラックが親子の目の前に現れ――ドン、だ」
どくん、と心臓がいやな音を立てる。
(私が転んで、怪我をした……?)
「トラック運転手の健康状態は良好。しかし、接触の瞬間、意識が飛んでいたと言っているそうだ。――この意味が、わかるよな?」
「わ、たしの……血?」
(「陸。お外で急に走ったり、危ないことはしちゃ駄目よ。そばにいてくれる人の言うことちゃんと守れるわね?」)
(「ちいさな怪我でも放っておいたらあかん。すぐに言い」)
(「鬼の強さと刻印の色香は比例します。ですので陸さんは――」)
幾度となく聞かされてきた言葉たち。今ではもちろん身に沁みて理解(わか)っているが、幼い頃はまだ自覚が薄かった覚えがある。
「で、でも!だって私あの時は家に」
「事故直後、おまえはショックで不安定な状態だった。だから隠した」
「……いや……」
「事故はトラック側の過失でカタはついてるからおまえたちは被害者だ。でも、あの現場の異質さは人間以外には明らかだったよ」