蝶よ華よ
□第二十九章 花嫁と父
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「うそ……うそだよ、そんなの」
「嘘かどうか。信じるか信じないかはおまえの自由だが」
全身が震える。もう顔を上げていられない。
「紘一は家庭を非常に大事にする男だった。特に娘の陸、おまえを。自分の使命は娘を守ることだなんて親馬鹿なこともよく言っていた。が、それは果たして本望か?」
「仕事面でもあいつは優秀だった。技術も気概もあって、信頼も厚く、約束された道があったはずなのに」
(「お父さんは陸が大好きだよ」)
(「陸も、お父さんだいすき!」)
(お母さんと肇兄と良兄、そしてお父さんから、お父さんを奪ったのが――私?)
「陸。お前のその体は、紘一の犠牲の上で成り立ってることを忘れるな。でも、よく考えてみろ」
「?」
「神楽陸は、そこまで価値のある存在か?」
「え……」
「そう思ってこの十年、見ていたよ。おまえにふたつ、目印を付けて」
すっと、右手の指を二本立てた。それに陸は首を傾げる。目印なんて心当たりがなかったのだ。
「ひとつめは見た目に分かりやすいように赤いリボンを」
「っ!?そんなわけっーー!これは私がお父さんから確かに、貰ったものだもの!」
「最初はね。それは間違ってない。でも今付けている“それ”は、事故後に俺がすり替えた別物なんだよ」
「――!!」
するり、と男が陸の髪からリボンを抜き取る。
「同品を用意するのなんて容易いさ。……俺の蝶であれと呪(まじな)いをかけて、最初のものより長いんだけど、気付かなかった?」
「っ……。ふたつめは」
「あれ、これも知らないのか。あいつの腕も鈍ってるんだな」
「あいつ?」
「鬼が目印を付けると言ったら方法は一つ。刻印だ」