白哉長編

□大切なものに
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そこまで理解した。
そこまでわかっただけ大きな進歩だった。



幻覚のおかげで立ち直れたので、そろそろ出発しようとして体を伸ばそうとしたとき。













いろりに、覆面の男が襲いかかろうとしていた。










あと数メートルでいろりの頸動脈を掻き切れる。




男は不敵に笑うと短刀を振り上げた。

『八ノ宮の御嬢さんもこの程度か』








その声に、いろりは素早く振り向く。



その表情は、驚きでも憤怒でも恐怖でもなく、その母親譲りの美しい笑みを冷たく貼り付けたものだった。





『遅いわ』







そう言って、いろりは姿を消した。







男の動きが一瞬止まる。





『縛道の六十一、六杖光牢』















即座に男の動きを封じた。

男は舌打ちして、何が聞きたいとぶっきらぼうに訊いた。






『貴方の目的に興味はありません。
ただ、貴方の仰っていた八ノ宮の御嬢さんについて聞きたいの。
あたしの目的に関係することですから。』






動けぬ男に問いかける。








『違うのか?その目の色は明らかに…』





『質問に答えてください。貴方に拒否権はありません。』






それしか繰り返さない。





男は苦々しく舌打ちした。








『八ノ宮家の娘は、朽木家の当主の婚約者だが、百余年前突然姿を眩ました。
それが旅禍としてここに帰ってきたという噂でな。
朽木の婚約者の位を欲す我家の姫様が、八ノ宮の娘の抹殺を命じたのだ。』






いろりは、表情を抑え込んだ。

情報を聞いている時に表情を変えれば、相手に目的を悟られかねないからだ。



『お前じゃないのか?
お前は燐子様にそっくりだ。その姿も声も。
そして何より瞳の色も…』


そろそろこの話に折り合いをつけたい。
抑えた感情が溢れそうだ。





『あたしの名前は、八ノ宮いろり。
だけど残念ながら、あたしの名前の意味は全くわからない。記憶をなくしてるのよ。
それなのにこうして素性のしれない貴方に名を名乗り、お話も聞かせてもらいました。
その状況であたしが貴方を無傷でここから返すと思いますか?』





『俺の任務は捕らえられるという形で失敗した。
情報も知る限り開示した。
もう用済みだろう?俺のこと、さっさと殺せ。』





『…暗殺任務、初めて失敗したんですか』





少し投げやりに言っただけで、ここまで悟るか。
この娘はあの我が儘な主のインドア姫より、ずっと頭もいいし、強い。

こういう人間を主と定めればよかった。
だが、俺はここで主にしたいと心から願った人の手で死ぬんだ。







『そんな苦しそうな顔をしないでください。
元より殺すつもりなどありません。ただ…』




いろりは左の刀を取りだし、男の首につきつけた。




『あたしの斬魄刀です。
これで斬られようが刺されようが、それだけで死ぬことはありません。』




『それをどうするつもりだ?』




『一度斬れば、あたしの意志でいつでも傷を開くことができます。
その能力を以て、貴方の首をいつでもはねられる状態にします。
なので、二度とあたしの命を貴方の手で脅かさないでください。』


『わかった。
だがこれも仕事…命は絶対に奪わないが、お前の目の前に現れることは多々あるだろう。
でも、お前の言うとおりにしよう。やってくれ。』







いろりは柔らかく微笑んだ。
先程のような冷たさはない。




『少し息苦しいかもしれませんが、少しの辛抱です。
貴方のことを完全に信用してませんから』
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