白哉長編

□大切なものに
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『夜一義姉さまの霊圧が遠くなった…うん、ここで歌おう。』


いろりは目を閉じて、先程と同じ歌を歌った。







歌い終わり目を開けると、目の前には桃色ではなく、白と黒が視界に入った。





『会いたかった』

そう言われて、顔も確認しない内に抱き締められた。
前と違うのは、彼の片手だけは頭に回されて、差している桜の簪を撫でているということ。

それから、何が違えど、普段通りに鬼道を放って…

それができない。


その温もりがとても“気持ちいい”。
そして、何より懐かしくていとおしいのはわかる。



ただ、何か一番大きなものがつっかえたように思い出せない。



『あたしは八ノ宮いろり。』

自分に敵意を持った人間ではない…混乱する脳で何とか判断し、一応名前を言ってみる。


相手は桃色の男のように低い声だが、恐らくこっちのほうまだ若い。
その声で男は返す。

『朽木白哉。私は既に全てを思い出している。
お前はまだみたいだが…許せ。
嫌なら突き飛ばしてほしい』


白哉はいろりの頭の高さまで屈んで、いろりに長く深く優しく口づけをした。


いろりの脳内は、大渋滞を起こしていた。



(知らない人に最初のキスを持っていかれた…違う、知ってる。多分知ってる人だ。
ただ、誰だかわからない。もう一体どうなってるの?
……………白哉。あの時あたしが大好きだった男の子…
突き飛ばせる訳ないじゃない!)



やっと解放された時、いろりは無意識に言葉を紡いだ。


『白哉…ありがとう』

何より美しい微笑みを白哉に向けた。
いろりの方からも抱き締め返す。



『全部…全部、思い出したよ。
小さい時のことも、白哉のことも。全部!
この桜の簪、前からお気に入りだったの。白哉がくれたんだったね…』


そういういろりの眼には、涙が浮かんでいる。



白哉は、その潤んだ赤い目を見て、微かに笑った。
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