妄想小説 短編

□大丈夫
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「あれ?蔵馬じゃねえか」

幽助の屋台に蔵馬が来るのは久し振りだ。

「久し振りだなあ、仕事忙しいのか?」
幽助は嬉しそうに聞いた。
何せ今日はまだ三人しか客が来なかったから暇だったのだ。

「まあね。チャーシューメン下さい」
「あいよっ」

久し振りに会う幽助に蔵馬はほっとする。

「変わりないですか?」

「かわんねえな」
ラーメンを作りながら幽助は笑った。

「おめえはどうなんだよ?」
幽助が聞いた時蔵馬の携帯がなった。

「悪い」
そう言って電話にでる。

「香さん、どうしました?」

電話の向こうで微かに女の声が聞こえた。
女か。
幽助はにやついて蔵馬を見る。
そんな幽助に気付いた蔵馬は少し離れた場所へ異動する。

「ええ、…明日ですか?…大丈夫です。ええ…。緊張するな…。じゃあ仕事終わったら連絡するよ。うん。じゃあ、また明日。おやすみなさい」

少し離れてしまったせいか、幽助には蔵馬の声しか聞こえなかった。
それでも冷やかすには充分だ。

戻ってきた蔵馬に幽助はラーメンを出しながら聞いた。
「これか?」
小指を立てながら幽助はにやつく。
蔵馬は割り箸を割りながら、「まあ、そんなとこです」と素っ気なく答えた。

幽助はそんな答えじゃ納得しない。
「どんな子だよ?」

蔵馬はタメ息をついた。
「質問攻めにするつもりですか?」

「あったりめーじゃねえか!蔵馬の女の話なんておもしれー話、滅多に聞けねえしよー!」

悪気のない幽助の言い方につい吹き出してしまう。

「相変わらずだな。
電話の相手は俺の婚約者だよ」
さらっと答えたせいか、幽助は反応が遅れる。

「…え?まじ?」

「まじ」
蔵馬は悪戯っぽく笑う。

「そして明日は彼女のご両親に挨拶をしに行くんだよ」
チャーシューを食べながら、さっきの電話の内容を説明する。

「なんだよ!みずくせえなあ!まあ蔵馬らしいけどな。じゃあうまくいったら俺にも紹介しろよ」
そして、前祝いだと言ってチャーシューを二枚ラーメンに乗せた。

そして言った。
「その彼女はお前のこと知ってんのか?」


帰り道、蔵馬は悩んでいた。
彼女、香さんのことは好きだが、本当にこのまま結婚していいのだろうか。
最初は取引先の娘ということもあり、打算的な気持ちだった。
純粋に誰かを好きになることもないだろうし、その気もなかった。
だからせめて親父の会社のためになる結婚をしようと思っていた。

しかし、香さんと過ごすにつれ、恋心のようなものが芽生えつつある。
彼女が笑えば心から嬉しく、彼女が泣けば柄にもなくうろたえた。

今では純粋に彼女を幸せにしたいと思っている。
しかし、そう思うほど、彼女と一緒になってはいけない気がする。
俺は妖怪だ。
いつか彼女を危険な目に合わせてしまうかと思うと、別れた方がいいのではないか。
幽助の言葉が重くのし掛かる。

「彼女は知っているのか」

知らせずに結婚することへの罪悪感。
彼女を騙している。

毎日別れを思い、彼女に会う度に別れたくないと思う。
そしてついにここまできてしまった。

悩めば悩むほど、彼女への気持ちが大きくなる。
いっそ彼女に振られれば、どんなにか楽だろう。

香の声が聞きたい。

蔵馬は携帯を取り出した。
もう寝てるかもしれない。そうは思っても、止められなかった。

コールが何度か鳴り、香が出た。

「秀一さん?どうしたの?」
寝てたであろう香を想像し、蔵馬は顔が緩む。
「ごめん、声が聞きたくなって」
素直に伝える。

電話の向こうでどんな顔をしてるのか、知りたい。
きっと驚いているだろう。
今までこんなことしたことないのだから。

「なんか、嬉しい…」
香の言葉に蔵馬が少し動揺する。

「初めてだよね?こういうの。嬉しいよ」

「…香さんは、俺との結婚どう思う?」

聞くつもりはなかった。
つい聞いてしまった。

暫しの沈黙があり、彼女は言った。

「嬉しいよ。秀一さん」

香は穏やかに言った。
その声だけで、香の優しい笑顔が浮かぶ。

蔵馬は、もうひとつ聞いて良いか尋ねる。

「もし俺に君に言えない秘密があっても…?」

なんて意地悪な質問なんだろう。
蔵馬は自分で聞いておきながら、そう思った。

「秘密があるの?」

香は聞き返すが、蔵馬は答えない。

「どうしても言えないことなら言わなくていいよ。
それくらいじゃ秀一さんのこと嫌いになったり、結婚に不安を感じたりしないわ。」

はっきりと香は答えた。
そして聞き返す。

「秀一さんは、結婚に不安があるのね?」

蔵馬は答えられない。
その沈黙で香は理解する。

「…じゃあ不安が無くなるまで待ってる。
私は秀一さんが居てくれれば、それでいいの。
いつか秘密を知ったとしても、変わらないわ。
ずっと秘密を抱えていても何も言わない。
だから…きっと大丈夫」


凛として、真っ直ぐに香は言った。

不思議だな。
彼女の言葉には不思議な力がある。

蔵馬は思った。

彼女なら大丈夫。
もし彼女に危険が迫るというなら俺が守ればいい。

そう。
命を懸けて、君を守ればいいんだ。

妖孤であると君が知っても、君は変わらないで居てくれる。
そう信じてみよう。

愛する人を信じて…。


「香、聞いてくれるかい?」


そして誘おう。
君はラーメンは好きかな。





END
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