妄想小説 短編
□一方通行 3
1ページ/12ページ
6:00
携帯のアラームが鳴る。
今日は皆で旅行に行く日。香はちょっとした不安を感じながらも、楽しみでワクワクしている。
その証拠にアラームが鳴る1時間前にはすでにベッドから起きている。
後は約束の7時まで髪を結んだり、化粧をしたり、ゆっくり準備するだけだ。
麦茶をコップに注いで、鏡の前に置いた。
コップはすでに汗をかいている。
「今日もあっついな〜」
そう言って、前髪をクリップでとめ、日焼け止めを塗った。
マスカラをつけ終わった時、携帯が鳴った。
蔵馬からだった。
「もしもし?」
「おはよう。準備できた?」
「あ、あと最後の仕上げが残ってるけど。だいたい終わりましたー」
マスカラを戻して、リップを開ける。
「最後の仕上げ?」
蔵馬は不思議そうに聞いた。
「あ、お化粧の話だよー。あとちょっとで変身完了ってこと」
笑いながら答える。
電話の向こうで蔵馬も笑った。
「女の子は忙しいですね」
「まあね〜。すっぴんで綺麗な蔵馬にはわからないでしょうけどっ」
香は笑ったが、蔵馬は笑わなかった。
「また香はそのネタを…」
そう呟いてタメ息をついた。
「あれ?うけなかった?」
「同じネタじゃ笑いませんよ」
やや不機嫌そうに蔵馬は返す。
「ごめんごめん。怒んないで〜」
「そんなことより、変身完了したら出てきて下さいね?下で待ってますから」
香は驚く。
「へえっ!?」
すっとんきょうな声に蔵馬は笑う。
香は慌てて窓を開ける。
アパートの前に旅行バッグを持った蔵馬が立っていた。
携帯で話しながら、こちらに手を振った。
「それで完了ですか?クリップついてますよ」
そう言いながら、前髪を触って見せた。
「あっ!!ちがくて!これはっ!」
慌ててクリップを外して前髪を直す。
蔵馬は香の慌てっぷりを見てクスクスと笑った。
「ちょっと!ちょっと待ってて!行くからっ!」
窓を閉めて、鏡に向かい、グロスをつけて前髪を整える。
化粧ポーチをバッグに突っ込み、サンダルを履いて慌てて玄関を出た。
アパートの前にはさっきと同じ笑顔の蔵馬がいた。
「お待たせしましたっ…!」
少し息を切らした香に蔵馬はお茶のペットボトルを渡した。
「別に急がなくて良かったのに」
「え?私が遅かったから迎えに来たんじゃないの?」
「違いますよ。
またギリギリになって行かないなんて言われたら困りますからね。」
そう笑って香の旅行バッグを抱えた。
「あ、バッグいいよ。自分で持つからっ」
そう言うと蔵馬は自分のバッグを香に渡した。
「俺のが軽いから」
そう言って歩き始めた。
「ありがと…。でもそれ重いでしょ?」
蔵馬の後を小走りで追いかけた。
「重いですね。
一体二泊三日で何持ってきたんですか?」
蔵馬は全然重たそうにはせずに笑って言った。
「女の子は色々あるんですー」
香も笑って言った。
「元気そうで良かった。
楽しみましょうね」
蔵馬の言葉に香は心がほわっと温かくなった気がした。