妄想小説 短編 2
□close to you
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12歳のとき、香の父親は家を出ていった。
母親は何も言わなかったが、他に女が出来たのだと言うことは何となくわかっていた。
自分達を捨てた父親を想って毎日泣いて過ごす母親を、香はどこか冷めた目で見ていた。
男は信用できない。
私は男にすがって生きるような女にはならない。
そう決めていた。
三年後、香は盟王高校に入学した。
進学校に決めたのも、将来的に男に負けないような職に就くため。
それだけだった。
勉強は好きだった。
家に帰っても母親は仕事の愚痴か逃げた夫の悪口か、自分がどれだけ運がないかしか話さなかった。
勉強するからと、言えば部屋に籠っていても文句は言われなかった。
勉強している時間だけが、嫌なことを考えなくて済む時間だった。
母親は父親が出ていってから、一度たりとも香のことを聞いてくることはなかった。
学校のことも、勉強のことも、続けていたピアノを辞めたときも。
好意の反対は無関心だと、誰かが言っていた。
なるほどと納得したとき、自分の足下が不安定になった。
私の存在意義とはなんなのか。
高校生になった今も、わからないでいる。
「河嶋さん、部活どうするの?」
香の隣の女子が声をかける。
「考えてないんだ」
そう答えると、隣の子はプリントを見ながら言った。
「何かには入らなきゃいけないらしいよ?ほら」
「え、そうなの?」
渡されたプリントを見ると、確かにどこかの部には所属しなくてはならないらしい。
進学校ならそういうのもないだろうと思っていた香は、人差し指で額を擦った。
「…どれが一番暇かなぁ…」
小さく呟いて、プリントを睨み付けた。