妄想小説 短編 2

□paradox
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「うちのことは何も心配いらないからさ」


蔵馬が魔界から人間界の母親に電話をしている様子を、香は不機嫌な顔で見つめていた。


蔵馬は電話を切ると、背後にいる香に声をかけた。


「久しぶりだな」



「そうね」



ぶっきらぼうに答え、腕組みをしたまま壁に寄りかかった。


「よくのこのこ来れたじゃない」


蔵馬は振り返り、口元だけ笑った。

「呼んだのはそっちだろ」


「呼んだのは黄泉よ」


「一緒に居るんだ。同じだろ」



蔵馬はそう言ってコートを羽織った。



「時間だから行くよ」


香の前を通り過ぎる時、香の手がコートの裾を掴んだ。


「何か言うことはないの?」



香が蔵馬の眼を見つめる。
蔵馬の眼には香が映る。
だけど香のことは見ていない。
そんな気がした。



「…黄泉とはうまくいってるのか?」


蔵馬の口からそう発せられた瞬間。

香の手が蔵馬の頬に向かった。


だけどそれは頬に当たることなく、蔵馬の手が香の手首をつかんでいた。

蔵馬を睨み付ける香を蔵馬は壁に押し付けた。


「…離せ」


蔵馬は笑って唇を香の首にあてた。



「…!」


眼をつぶり、身体をよじり、手を振り払おうとするが出来なかった。

力だけのせいじゃない。

それを認めたくなくて、香は唇を噛んだ。



「…ずっとこうしたかった」


蔵馬の言葉に一瞬抵抗を止めた。

蔵馬の手が香の手首から離れ、腰にまわされても香は振り払えなかった。

蔵馬は小さく笑って香の首に痕を残した。



「行くよ。黄泉がお呼びだ」


そう言って香に背を向けた。

香は首に残された痕を手で隠し、その場に立ち尽くした。
鼓動が速くなるのを抑え込むように、息を止めた。
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