長編2

□CROSS ROAD 15
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そして、とバーナビーが言葉を続ける。

「あなたの背中は僕が守りますから安心して下さい」
「おまっ…」
「だって、これから先もあなたはヒーローを続けるんでしょう?」
「…っ!」

虎徹の脳裏に在りし日の妻との約束が蘇る。

『あなたはどんな時でもヒーローでいて。約束よ』

彼のよき理解者であった妻、友恵が最後に虎徹に託した願いをバーナビーが知るはずはない。
だが、この若き相棒の言葉は強烈に虎徹の心を揺さぶった。

「そう、だったな…」
「虎徹さん?」
「俺は約束したんだ、あいつと。この先ずっと、ヒーローで居続けるって」

肩を震わせながらそれだけ言うと、虎徹は声を詰まらせた。

「もちろん、僕も一緒にですよ」

何か、ようやく許されたような気がして堰を切ったように感情が溢れ出す。
堪えようとしても次から次へと涙が溢れて、言葉にならなかった。

「くそっ…止まん…ねぇ…」
「大丈夫です。誰も見てませんから」
「…バニー…」
「僕も、見てません」

バーナビーは虎徹の背に手を回すと、ゆっくりと抱き締めた。
そして、虎徹が彼の肩に顔を埋めると黙ってその背を優しく撫でる。
昔、両親を亡くして泣きじゃくるバーナビーにサマンサがしてくれたように。

(あの温かい手に僕は何度も癒やされたっけ…)

ただ悲しかったんだなと、バーナビーは思った。
虎徹だってきっと、思いっきり泣きたかったに違いないと考えながら、バーナビーは震える体を抱き締めていた。


どのくらい、そうしていたのか。
虎徹の体の震えが収まりかけてきた頃合いを見計らって、バーナビーはそっと囁きかけた。

「虎徹さん、聞いて下さい。僕も約束します」
「……」
「僕はずっとあなたのそばにいる。そして、絶対にあなたを置いて、先に逝ったりしませんから」
「バニー…」
「僕を信じて下さい」

優しく繰り返される言葉は呪文のように虎徹の心に染み渡ってゆく。

(…今までありがとうな、友恵)

虎徹は心の中で感謝の言葉を述べ、そして静かに妻に別れを告げた。

(それから…)

「ありがとな、バニー」

ようやく顔を上げた虎徹の吹っ切れたような笑顔に、バーナビーもまた笑みを浮かべる。

「もう、大丈夫ですね」
「当たり前だ。なんたって俺はワイルドタイガーなんだからな」


涙の残る顔で強がられても説得力などなかったが、久しぶりに見た彼のいきいきとした表情がバーナビーにとっては何よりも嬉しかった。

「にしてもさあ…」
「なんです?」
「お前、カッコつけ過ぎなんだよ」

少しは気恥ずかしさもあるのだろう。
年下の相棒にすがりついて泣いていたのが嘘のように、いつもの調子に戻った虎徹が苦笑する。

「だって、仕方ないでしょう?」
「何がだよ」
「好きな人の前ではカッコつけたいじゃないですか?」
「なっ!」

途端に真っ赤になった虎徹を見て、今度はバーナビーが苦笑した。

「何度も言いましたけど、僕はあなたが好きなんです。だから、失う前に諦めるなんて言わずにもう一度だけ、僕を信じてくれませんか?」

真摯な色を浮かべた翡翠の瞳が虎徹に向けられる。
逃げることも、ごまかすことも許さない彼の瞳の強さに追い詰められて…。

「…お前って、ほんとすごい奴だな」
「虎徹さん?」
「俺の負けだ。正直言うと、俺はとっくにお前にほだされちまってるよ」
「‥分かりやすく、言ってもらえませんか?」
「つまり、こういうことだ」

言うなり、バーナビーのジャケットを掴んだ虎徹が彼の体を引き寄せる。
そして…。

「んっ…!」

いきなり噛みつくようにキスをした。
驚くバーナビーを後目に、恋人どうしが交わすような熱い口付けを施した虎徹が悪戯っぽく笑う。

「ここが個室でよかったな」
「こういうのは反則ですよ、虎徹さん」

拗ねた口調で言うバーナビーに虎徹がたまらず吹き出した。

「笑いすぎですよ」
「いや、わりぃ」

ひとしきり笑った虎徹が不意に、真面目な顔でバーナビーを見る。

「ほんとにお前、後悔しないんだな」
「なんですか、今さら」
「約束破ったら承知しないからな」
「あなたこそ、さっさと僕を置いてかないで下さいね」
「バニー…」
「あなたは僕を、」

−信じてるんでしょう?

そう言って柔らかく微笑んだバーナビーを虎徹は何も言わずに、静かに抱き締めた。







それからの虎徹の回復力は凄まじかった。
食欲も戻り、見る見るうちに体力を取り戻した彼にあっという間に退院許可が下りたのは言うまでもない。

退院当日、ヒーロー仲間に混じってアントニオも病院を訪れた。
バーナビーの隣に立つ虎徹の迷いのない顔を見て、己の選択肢は間違っていなかったのだと安堵する。


「もう大丈夫だな、虎徹」
「アントニオ…。お前にはいろいろ世話かけた」
「気にすんな。困った時に助けるのが親友だろ」
「…ありがとな」

もう、彼が自分に手を差し伸べることはないのだろう。
一抹の寂しさを覚えながらも、アントニオは二人を笑って見送った。

「上手くいったようね、あの二人」
「ああ…」
「ねえ、アタシと今夜飲みに行きましょうか?」
「それもいいな」

慰めてあげる、と笑って腕を組んでくるネイサンに苦笑しながらアントニオは二人に背を向け、歩き出した。



「しばらくは僕の家で暮らしてもらいますからね」
「なんでだよ?」
「あなたのお母さんに頼まれたんです。心配だから、しっかり見張っててくれって」
「…はぁー、マジかよ」

バーナビーの愛車の助手席で頬杖をつき、虎徹はため息をついた。

「まあ、どちらにしても僕はあなたのそばにいるって決めてましたから、遅かれ早かれ一緒に暮らすつもりではいましたけど」
「お前、やること早すぎ」
「もちろん、あなたとも早く愛し合いたい」
「……」

嬉しそうにそう宣言されて、虎徹は思わず顔をしかめた。

「なあ、バニーちゃん。聞いてもいいか?」
「どうぞ」
「お前、男相手は初めてだよな」
「もちろん、あなたが初めてになりますね」
「…ちなみに、童貞?」

キイィーッとタイヤを軋ませて車が急停車する。
ちなみに、前の信号は赤だ。

「おまっ、危ねーな!」
「あなたこそ、いきなり何なんですか!」

しばし、車中に無言の重苦しい空気が漂う。
信号が青に変わり、車を発進させたバーナビーが小さく笑うと虎徹に問い掛けた。

「どっちだと思ってるんですか?」
「何が?」
「さっきの話ですよ」
「…ちょっと聞いてみただけだよ。別にどっちでも俺は構わねえ」
「慣れてないと困りますもんねえ、抱かれるあなたとしては」
「バ、バニー!」

クスクス笑いながら、バーナビーは生意気な後輩らしくこう言った。

「男性経験で言うと僕は童貞なんで、ちゃんと教えて下さいね、先輩」
「…こんな時だけ後輩ヅラしやがって、ズルいよな」

そう言う虎徹の声もどこか弾んでいて、バーナビーの心は逸る。

「とにかく、早く帰りましょう」
「んだな」

二人を乗せた車は軽やかに走り続ける。
まるで、これからの彼らの人生のように。

例えばこの先、何度もつまづいて倒れることがあるかもしれない。

−それでも、もう、立ち止まることはないだろう。

いつだって自分は一人じゃないのだから。
そう思う、虎徹とバーナビーだった。











おわり


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