長編2

□シーソーゲーム2
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「まさか病院のお医者さん、てことはないよなあ。病院の先生がそんな派手な格好してるわけないだろうし…」
「……!」
「でもさ、あいつらと一緒にここにいるってことは俺の知り合いだってことだろ?俺、人の名前覚えんの苦手なんだよな。だから、ごめん。気ィ悪くしないでくれよな」

饒舌に語る虎徹を前にバーナビーの顔色が見る見るうちに青ざめる。
いくら虎徹が悪戯好きだからと言っても、これは許されない質の悪いものだ。

「あんたねぇ、こんな時に冗談なんて止めなさい」
「そうだぞ、虎徹。ふざけすぎだ!」
「へっ?」
「いや、私は彼がふざけているとは思えない。もしかして、ワイルド君は頭のどこかを打ったのかもしれないよ」
「でも、検査では体のどこにも異常はなかったって…」
「ちょ、ちょっとお前ら…」

己の爆弾発言のせいでワイワイガヤガヤと騒ぐ外野を前に頭を抱えた虎徹は、チラと目の前に立つ眼鏡の青年を見上げた。
明るい金髪に緑の瞳の彼は絵に描いたような美男子だ。

(おとぎ話の王子様とやらが現実に現れるとしたら、きっとこんな感じなんだろうな…)

そんな見当違いなことを考えながら、誰だったかを必死で思い出そうとする。
なぜなら。
青年の自分を見つめる瞳があまりにも悲しげで、今にも泣き出しそうだったから。

「ねぇ、タイガー?」
「…んだよ?」

思考を途中で遮られ、虎徹は不機嫌そうにネイサンへと視線を戻した。

「ほんとにハンサムのこと、覚えてないの?」
「だーかーら、」
「じゃ、アタシ達のことは?」

仲間達の注目が再び虎徹に注がれる。

「…お前らのことはちゃんと覚えてるよ。お前はファイヤーエンブレム、で隣のデカいのがロックバイソン」
「じゃ、ボクのことは?」
「ドラゴンキッドにブルーローズ、そんでもってお前が折紙サイクロン」
「わ、私はどうだい?」
「忘れるわけないだろ、スカイハイ。キング・オブ・ヒーロー様をよ」

他のヒーロー達の名前はスラスラと出てくるのに、まるで切り取られたページのように彼の名前だけが出てこない。
申し訳無さそうに俯いた虎徹は小さな声で詫びる。

「マジで思い出せねえんだ。ほんとにワリぃ」
「…どうやら冗談じゃなさそうね」

今までずっと黙り込んでいたバーナビーは一つ大きな溜め息をつくと、静かに口を開いた。

「もしかすると、昼間の事件の犯人に関係あるのかもしれませんね」

まだその顔色は若干悪いものの、冷静な口調はいつものバーナビーだ。

「虎徹さんは犯人の能力のせいで僕に関する記憶を失っている、そう考えるべきでしょう」
「確かにあんたの言う通りかもね」

ネイサンが苦虫を噛み潰したような表情でそれに応じる。

「じゃあさあ、教えてくれよ。俺とお前はいったいどういう関係だったんだ?」

不意に虎徹から問いかけられて、バーナビーは答えに詰まってしまった。
二人は『仕事上の相棒』だと、そう答えれば済むことなのに。

「それは…」
「あんた達はコンビ組んでたのよ」

言い淀むバーナビーの代わりにネイサンが口を挟んだ。

「コンビ?」
「そう。あんたがアポロンメディアに移籍して、相棒として組んだのが彼、バーナビー・ブルックス Jr.よ」
「相棒…バーナビー…」
「ヒーロー界初のコンビってのがあんた達の売り出し文句だったわね」
「…うー、思い出せねえ」

眉間にしわを寄せた虎徹に見つめられ、バーナビーはたまらず目を逸らした。

「んな大事なことを俺は何で思い出せないんだ?」
「あなたのせいじゃありませんから…」

静かにそう告げると、バーナビーは「ちょっと外の空気を吸ってきます」と病室を出て行った。
その後ろ姿をネイサンとアントニオは複雑な思いで見送る。
互いに傷つきながらもようやく思いが通じ合った二人。
そんな彼らを見てきただけに、平静を装うバーナビーの心中を思うと胸が痛んだ。


バーナビーと入れ違いに再び、病室のドアが開く。
カツカツと派手なヒールの音を立てながら姿を現したのはヒーローTVプロデューサーのアニエスだった。

「みんな、タイガーの目を覚まさせちゃダメよ!」
「おい、アニエス。そいつはどういうことだ?」

当の虎徹本人からの質問にアニエスはガッカリしたように肩を落とした。

「…どうやら遅かったみたいね」

溜め息混じりに呟いた彼女は額に手を当て、天を仰ぐ。

「で?誰のことを忘れちゃったの?」

病室内が重い沈黙に包まれる。

「僕です」

背後から掛けられた声にアニエスは苛立ちを隠せず、軽く床を踏み鳴らした。

「よりによって最悪のパターンだわ!」

その言葉は、ここにいる全ての者達の心の代弁でもあった。









つづく

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