長編2

□シーソーゲーム5
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「あー、疲れた」

帰宅してソファに倒れ込むと、虎徹は首元のネクタイを緩めた。
この一日でいろんな出来事がありすぎて、さすがに楽天家の虎徹でも少々参り気味だ。
特に、コンビで相棒のバーナビー・ブルックス Jr。

「一見、クールに見えんのにそうでもないのな」

自分が彼の引き立て役というのはどうにも引っかかるが、大人の事情とやらなら仕方ない。
それに、虎徹としては別れ際の意味深な言葉も気にかかるところで。


――他の誰かなんてどうだっていいんです!僕は!


「あいつ、何を言いかけてたんだろ」

ぼんやりと考えながら胸ポケットに手を入れた虎徹は、いつもそこにあるはずの愛用の携帯電話がないことに気づいた。

「あれ?携帯がない」

上着のポケット、ズボンの尻ポケットなど手当たり次第に探してみたものの、携帯電話は見つからない。
思い当たる場所をすべて探し尽くし、虎徹は途方に暮れた。

「参ったなあ。どっかで落としちまったか?」

あの中にはヒーロー仲間のものも含めた様々な個人情報が入っており、よからぬことを企む人間にでも拾われれば悪用されぬとも限らない。
とりあえず、と自宅の電話から携帯へと虎徹は電話をかけてみた。
もしかしたら家のどこかにあるかもしれないとの期待は裏切られ、ツーコールの後に通話は繋がった。

「も、もしもし?」
『虎徹さん、ですか?』
「ああ、お前かぁ…」

昼間聞いた相棒の青年の声にホッとして、虎徹は胸をなで下ろした。

「てか、何でお前が俺の携帯に出てんだ?」
『あなたが僕の家に忘れていったんですよ。どうせ明日も仕事で会うだろうし、その時渡せばいいと思ってたんですけど。一言連絡すればよかったですね』
「なんだ、そうだったのか…て、俺がお前の家に?」
『ええ、そうです』
「ふーん、俺達、仲良かったんだなあ」
『…まあ、そうですね』

一瞬口ごもったバーナビーの声に苦いものが混じる。

「じゃ、悪いけど明日会社で、」
『今から届けます』

虎徹の言葉を遮ってバーナビーが言った。
その有無を言わせぬ口調に虎徹は面食らう。

「でも、もう夜だし、明日でもいいって」
『いえ、気にしないで下さい。携帯を届けるだけで長居はしませんから』
「いや、俺はそんなつもりで言ってんじゃ、」

まだ話している最中に、突然通話は打ち切られた。
呆然と受話器を見つめながら、虎徹はため息をつく。

「…あいつ、人の話を聞かない奴なんだな」

何となく、胸の奥でひどい違和感がする。
早く思い出さなければと焦るほど、記憶が遠ざかるような気がして虎徹はもう一度、ソファにもたれてため息を吐いた。



どのくらい、時間が経過したのだろうか。
玄関のチャイムが鳴ったのでドアを開けると、言葉通りにバーナビーが虎徹の携帯を持って立っていた。

「悪かったな」
「…いえ。あの、」
「ん?」
「昼間は取り乱してしまってすいませんでした」

顔も上げずにいきなり謝罪の言葉を口にするバーナビーに苦笑した虎徹は、扉を大きく開けると中へ入るよう促した。

「立ち話もなんだし、とりあえず入れよ」
「……」
「て、言っても散らかしっ放しで悪いんだけど」

バーナビーが硬い表情のまま玄関をくぐるのを確認して、虎徹も後を追う。

「酒がいいか?」
「アルコールは遠慮します。車で来たので」
「そっか、ならコーヒー入れるな」
「…ありがとうございます」
「おいおい、礼を言うのはこっちだろ」

カチャカチャと危なっかしい音を立てながら運ばれてきたコーヒーに口を付けると、バーナビーはテーブルの上に携帯電話を置いた。

「携帯、ここに置きますね」
「あ、ああ。わざわざありがとな」
「いいえ、では僕はこれで」
「へっ?」

飲みかけのコーヒーもそこそこに腰を上げたバーナビーに、虎徹が素っ頓狂な声を出す。

「お前、もう帰んの?」
「用件は済みましたから」

あまりに素っ気ないバーナビーの態度は、虎徹が目覚めた直後の彼とはひどくかけ離れている。
いっそ避けられているといったような…そう考えて、虎徹は眉をひそめた。

「なあ、バーナビー」
「はい?」
「お前さ、俺のこと避けてる?」
「…」

立ち止まったバーナビーの肩がピクリと震える。

「俺の記憶が戻んなくてやりにくいのは分かるんだけどさ。そんな風に避けられると、俺もなんかツラいっつーか…」
「……」
「それと、お前、なんか俺に隠してることあるんじゃないかなあ、なんて思ったりしてな」
「っ…」
「だってよぉ、気づいてないかもしんないけどお前さ、時々泣きそうな顔して俺を見てんだぜ」

バーナビーは唇を噛み締め、そしてゆっくりと後ろを振り返った。
すると、虎徹が困ったようにじっと彼を見つめている。

「ほら、また」

バーナビーの存在を忘れてしまった虎徹に二人の関係を告げるのはためらわれたため、バーナビーは極力、仕事上の相棒として振る舞おうとしていた。
だが、それが虎徹にとって不自然に映るとは予想もしないことだった。

『本当はあなたと僕は恋人同士なんです』

そう打ち明けたところで虎徹を苦しめるだけだとバーナビーは思っている。
ただでさえ、記憶を無くして不安な虎徹を追い詰めるような真似はしたくない。

「悩みがあるんなら話せばいい。俺達はコンビなんだろ?」

なのに、そんなバーナビーの心も知らず、虎徹は変わらぬ懐の深さで彼を包み込もうとするのだ。

「…僕は最初に出会った頃はあなたが嫌いでした」

昔話をするように、泣き笑いの顔でバーナビーが語り出す。

「いつも僕に余計なお節介を焼いてきて、正直うっとうしくて堪らなかった」
「そう…なんだ」
「でも、いつの間にかあなたの存在が無くてはならないものに変わっていって…」

静かに歩み寄ったバーナビーは目の前の体を抱き締める。

「なっ…」
「虎徹さん…」

首筋に顔を埋めると嗅ぎ慣れた虎徹の香りが鼻孔をくすぐった。

「早く僕のことを思い出して下さい」
「お、おう」
「僕をまた、独りにしないで」

突然の抱擁に動揺しながらも、虎徹はその背にゆっくり手を回した。
このぬくもりには覚えがある。
確信に似た思いで目を閉じ、震えるバーナビーの背中を撫でてやると、不意に虎徹の脳裏にある単語が浮かび上がった。

「大丈夫だ。大丈夫だから、バ…」

だが、喉元まで出掛かった言葉は音になる寸前に断ち消えてしまう。

「虎徹さん…」

好きです、と続く台詞を飲み込んだバーナビーの瞳から涙が零れ落ち、虎徹の肩口を濡らして消えた。









つづく

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