長編2

□シーソーゲーム6
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事件から数日が過ぎ、初めの頃こそどこかぎこちなかったタイガー&バーナビーのコンビも次第に息が合うようになってきた。
相変わらず虎徹の記憶が戻る気配はなかったが、彼の日常においてさほど問題はない。
問題があるというなら、それはむしろバーナビーの方だ。
虎徹の前でも皆の前でも平静を装ってはいるが、明らかな憔悴を隠せず、その姿は見ているだけでも痛々しかった。




「なんか調子狂うのよね」

トレーニングルーム内、マシンを降りたカリーナが、タオルで汗を拭いながら呟いた。
すぐ側にいたネイサンがすかさず、反応を返す。

「あら、どうしたの?悩み事なら同じ女子として相談に乗ってあげてもいいわよ」

ウィンクしながら近づいてきた彼はベンチに座ったカリーナの隣りに腰を下ろす。

「悩んでるのは私じゃないわよ。分かってるくせに」

氷の女王様の愛称にふさわしい辛辣な物言いに、ネイサンはそっと肩を竦めた。

「私なんかに構ってないで、アイツの相談にでも乗ってあげたら?」
「…えらくイライラしてんのね。アイツって、ハンサムのこと?」
「やっぱ分かってんじゃない…」

唇を尖らせたカリーナは頬杖をついて、遠くを見つめる。
その先には互いに少し距離を置いてトレーニングに励む、虎徹とバーナビーの姿があった。

「ハンサムのことが心配?」
「…そんなんじゃない」
「アタシはてっきり、タイガー狙いだと思ってたけど」
「はあ!?な、何言って、」

途端に真っ赤になってうろたえるカリーナを微笑ましく感じながら、ネイサンもまた二人へと目をやった。

「確かに心配よねぇ。特にハンサム。ここ数日であんなにやつれちゃって」
「タイガーの記憶が戻んなかったら、アイツ、どうするのかな…」

心配そうに呟くカリーナにネイサンが囁く。

「ま、あんたにとっちゃライバルが減ってよかったんじゃない?」
「っ…、だから!そんなんじゃないって」

顔を赤らめた彼女の抗議を笑って受け止めながら、ネイサンも心配そうに二人を見つめる。

「…ほんとに、早くいつもの二人に戻ってほしいわね」

らしくなく真剣なネイサンの言葉に、カリーナは黙って頷いた。






その頃、バーナビーもまた、いろいろ思い悩んでいた。
ようやく虎徹と思いが通じ合ったと思えば、この有様だ。
もし、このまま自分のことを思い出してくれなかったら…そう考えると怖くてたまらない。

「…ナビー、」
「……」
「おい!バーナビーって!」

大声で名を呼ばれているのに気づいて、バーナビーはハッと顔を上げた。
アポロンメディア社のオフィス内でぼんやりとパソコン画面を見ているうちに、どうやら考え事に没頭してしまっていたようだ。

「なんか顔色よくないけど、大丈夫か?」
「え?ああ…」
「何度も名前呼んでんのにお前、ボーッとしてっからさ」
「すいません。大丈夫です」

心配そうに見つめる虎徹の視線を避けて、再び画面へと目をやる。

「ちゃんと飯食ってんのか?」
「…っ」

不意打ちのように尋ねられ、キーボードを打つ手が動きを止めた。

「睡眠も取らなきゃ、体がもたねえぞ」
「…分かってます」

何気ない会話を交わしていると、虎徹は昔と何も変わっていないのだと思い知らされる。
ただ、バーナビーのことを忘れてしまったという事実があるだけで。
もしもバーナビーがこだわりを捨て、彼と一から新しい関係を結べば本当は何も問題ないのかもしれない。

(もう一度、最初からやり直せば…)

最近のバーナビーはそんなことを思い始めている。

「あ、そうだ。さっきお前がいない時にロイズさんが来て、お前のこと探してたぞ」
「ロイズさんが?」
「なんでも社長がお呼びだとか言ってたから、早く行った方がいいんじゃねえか?」
「マーベリックさんが僕を…」

少し考え込んだ後、バーナビーはパソコン画面をシャットダウンして立ち上がった。

「ちょっと行ってきます」
「おう、愚痴ならあとで聞いてやるからな」

悪戯っぽく笑う虎徹に見送られ、ドアの方へと向かう。

「…ご心配なく。あなたじゃあるまいし」
「だっ!お前なあ…」

いい年をして拗ねる虎徹に苦笑して、バーナビーはまっすぐに社長室へと歩き出した。





コンコン、と社長室入り口のドアを軽くノックする。
中から「どうぞ」という声がして、バーナビーは重い扉を開け室内へと入っていった。

「何かご用ですか?マーベリックさん」

彼が声をかけると、社長室奥のデスクに腰掛けていたマーベリックがイスごと向き直り、笑みを浮かべた。

「忙しいのにすまないね、バーナビー」
「いえ」
「まあ、まずはソファに掛けたまえ」
「はあ…」

言われるままにソファに腰掛ける。
スプリングの効いた座り心地のよいソファは、バーナビーの沈んだ気持ちを柔らかく受け止めた。

「ところで、」

マーベリックが彼の正面に座り込み、話を続ける。

「虎徹くんの記憶はまだ戻らないのかね?」

マーベリックの言葉にバーナビーは組んだ両手をきつく握り締め、微かに体を震わせる。

「…はい」
「そうか、君も辛いだろうが今は彼を信じるしかない」
「ええ、僕もそう思ってます」

視線を落としたままのバーナビーに一つ間を置いて、マーベリックが口を開いた。

「こんな時になんなんだが、今日君を呼んだのは別の件なんだ」
「と言いますと?」
「バーナビー、見合いをする気はないかね?」
「は?お見合い、ですか?」

思いもかけないマーベリックの提案に目を見開いたバーナビーは言葉を失う。
その脳裏に真っ先に浮かんだのは…。

――虎徹さん。

愛しい彼の笑顔だった。











つづく

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