長編2

□シーソーゲーム8
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「お、いたいた」と馴染みのバーのカウンターにアントニオの姿を見つけた虎徹は声を上げた。
そうして静かにグラスを傾けていた彼が顔を上げると、勝手に隣の席に腰を下ろす。

「やーね、あんたってホント、お邪魔虫!」

すかさずアントニオの右隣からあがった抗議の声に、わりぃ、と小さな謝罪をした虎徹は手慣れた様子で焼酎を注文した。

「いつもの焼酎のお湯割り、あ、焼酎少なめで頼むわ」

やれやれといった風に虎徹を見たアントニオがふいに、眉をひそめる。

「…虎徹、お前ちょっと痩せたんじゃないか?」
「んー、ちーっとばかしな」
「また、例のアレか?」

虎徹の場合、前科があるだけにアントニオの口調も自然と厳しいものになる。
ネイサンにまで心配そうに見つめられて、慌てて虎徹は首を振った。

「んな大したことねーよ。ちょっと食欲落ちてて眠れないだけだ」
「…それがヤバいんだろうが」
「ホントにあんたって学習能力ないわねぇ」

二人に呆れた顔でそう言われた虎徹は口を尖らせ、頬杖をついた。

「ところで…」

虎徹が目の前に置かれた焼酎のお湯割りに口を付けるのを見計らって、アントニオが問いかける。

「バーナビーとはうまくやれてんのか?」

静かに一口目を味わいながら飲み干した虎徹は目を細めた。

「……」
「そいつを俺に相談したくて、お前は今日ここに来たんだろ」
「さすが、バレバレだな」

苦笑いを浮かべてアントニオを見ると、虎徹は一つ深呼吸をする。

「そのことなんだが、…俺やっぱりあいつのこと、まだ何も思い出せないんだよ」
「そうか…」
「でさ、あいつ、俺と話してる最中にたまーにすんごく泣きそうな顔するんだよな。なんての?こう、子供が親に見捨てられたみたいな?」
「……」
「特に俺があいつの名前を呼んだ時なんて、」
「名前?」
「え、ああ、バーナビーって呼び掛けるとすごくツラそうな顔するんだ」

虎徹の話に、アントニオとネイサンは複雑な表情で顔を見合わせた。
バーナビーがかつて、あれほど嫌がっていた愛称は今では彼にとって特別な意味合いを持っているのだと改めて気づかされる。

「そんでさ、最近はあいつ、あんまり表情なくなって…俺のこと避けるようになっちまった」

俯いた虎徹もまた、心底辛そうに言いよどむ。

「確かに俺、あいつのこと忘れちまってる。だけど、あいつの泣きそうな顔見ると胸が痛いし、避けられるとすげー苦しいんだ」
「虎徹、お前…」
「…俺、どうしたらいいんだろうなあ」

何かとても大事なことを忘れてしまっている、それが辛いのだと虎徹は二人に訴えた。
だがしかし、アントニオもネイサンも、今はただ黙って彼の話を聞くより他にできることはないと知っている。
何も言えずに耳を傾ける二人に、虎徹は不安な思いをぶちまけるのだった。


思いを吐き出して少し気分が落ち着いたのか、やがて虎徹はつまみに手を伸ばしながら再び話を始める。
その口調は先ほどよりは幾分か軽くなっていた。

「…そう言えばあいつ、見合いするとか言ってたな」
「ハンサムが見合いですって!?」
「……!」

いきなり叫ぶように身を乗り出したネイサンに、ギョッとして虎徹がのけぞる。

「うわっ!お前、急に大声出すなよ。ビックリすんだろ」

対照的にアントニオはと言えば、眉間にしわを寄せ難しい顔をしている。

「ってか、あいつが見合いするって聞いてなんでそんなに驚くんだよ?」
「だって、ねえ…?」

ネイサンは一言も発しないアントニオの様子を伺いつつ、言葉を濁す。
それを訝しげに見つめながら、虎徹は話を続けた。

「なんかさ、スポンサー企業の社長の娘さんがあいつのファンらしくって、一緒に飯食うことになったとかなんとか言ってたな」
「それで?」
「それでって、何だよ?」
「だからー、あんたはそれでいいのかって聞いてんの!」
「…っ」

いつか聞いたのと同じセリフに驚いて、虎徹は目を見開いた。

「何よ、変な顔して」
「…あいつにも同じこと聞かれたんだ」
「えっ?」
「あなたはそれでいいんですか?って…」

虎徹の言葉に一瞬、場が凍りつく。

「…で、あんたはそれに何て答えたの?」

先を促された虎徹が口ごもる。
ネイサンはあえて急かすことをせず、辛抱強く答えを待った。

「…俺が口出しすることじゃない、ってそう言ったんだ」
「あー、…」
「そしたらあいつ、やっぱ泣きそうな顔してた」

額を押さえたネイサンは思わず天を仰ぎ、アントニオはますますムッツリと口をヘの字に歪めたまま、虎徹から目を逸らした。

「何だよ!俺、なんか間違ったこと言ったか?」

二人の哀れむような視線にいたたまれず、虎徹が叫ぶ。
その眼差しが彼に向けられたものなのか、それとも相棒のバーナビーへと向けられたものなのか、それは虎徹には分からない。
だが、恐らく自分のその一言がバーナビーをひどく傷つけてしまったのだろうということは虎徹にも理解できた。












つづく

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