長編2

□シーソーゲーム10
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「お、おはよう」
「…おはようございます」

翌朝、オフィスで顔を合わせるなり不自然な挨拶をしてきた虎徹にバーナビーが眉を寄せる。

「どうかしたんですか?」
「へ?」
「なんか、気持ち悪いです」
「気持ち悪いって、お前なあ!」

言い返そうとして、緑の瞳に見つめ返される。

『虎徹さん…』

途端に甘い囁きが脳内をリフレインし、虎徹の胸は高鳴った。

(だから、意識すんなって!俺のバカやろう!)

「虎徹さん…?」

くるりと後ろを向いて何やらブツブツ呟く虎徹に、ますますバーナビーは不審な目を向ける。

「い、いやあ、何でもないって。それよりお前さあ、今夜空いてる?」
「今夜、ですか?」
「一緒にメシでもどうかと思ってよ」

呼吸を整えて一気にそう言うと、バーナビーは顔をしかめた。

「すいません。せっかく誘って頂いたんですが、先約があるので」
「あ、そうなんだ…」
「それに、そんなに気を使ってもらわなくても結構ですから」

苦笑しながら告げるバーナビーは、やはりどこか辛そうだ。
虎徹もまた、かすかに痛む胸の内を隠すようにぎこちない笑みを浮かべた。





その日の二人の仕事は雑誌のインタビューと記事と共に載せる写真撮影だった。
ロイズの運転する車で現場へと移動し、用意された衣装に着替える。
撮影は思ったよりも順調に進み、虎徹の苦手なインタビューもバーナビーのフォローのおかげでスムーズに終えることができた。

「お疲れさまでした!」

スタッフのねぎらいの声に見送られ、現場を後にする二人の前に一人の女性が現れた。

「お疲れさま、バーナビー」

にこやかに微笑む彼女は肩まで届くセミロングの髪を揺らし、バーナビーを見つめている。
そして柔らかなピンクのワンピースがまた、優しそうな彼女の女性らしさを引き立てていた。

「ごめんなさい、お邪魔するつもりはなかったんですけど…」

恥ずかしそうに下を向く彼女とバーナビーを見比べながら、虎徹は気まずげに頬を掻いた。

「あの、バーナビーのファンかなんか?」
「…前に話した社長の娘さんです」
「ああー…」

感情のこもらないバーナビーの声に虎徹は思わず、彼を見上げる。
やがて気を取り直したように営業用のスマイルを浮かべたバーナビーは、ゆっくりと彼女の方へ近づいた。

「すいません。まだ仕事が終わらないのでお話する暇はありませんが」
「いいんです。私が勝手に押しかけただけなんですから」
「…今夜、楽しみにしています」

耳元で囁かれたバーナビーのセリフに虎徹は弾かれたように彼を見た。

「私も…」

真っ赤に頬を染めた女性に優しく笑いかけるバーナビー。
それはとてもお似合いな、美男美女のカップルのようだ。


『先約があるので』

ほどなく、先ほどのバーナビーの言葉を思い出す。
先約とは彼女とのデートの事だったのだと知り、虎徹は自分が思いがけずショックを受けていることに気づくのだった。

「では、後ほど…」

そう言って歩き出したバーナビーは後ろを振り返った。

「虎徹さん、どうかしましたか?」

立ち尽くしたままの虎徹を不思議そうに見つめたバーナビーは、ああ、と頷いた。

「彼女にあなたを紹介するのを忘れてましたね。僕の会社の先輩です、って」
「…ッ!」
「言い忘れてましたが」

スッと表情を無くしたバーナビーが淡々と虎徹に告げる。

「彼女とお見合いすることにしました。今夜、一緒に食事をする予定なんです」
「そっか…」


これはアポロンメディア社にとってもバーナビーにとっても、喜ばしいことだ。
おめでとう、よかったなと祝福の言葉をかけてやらなければと思うのに、ましてや、自分が口出しする事ではないと言っておきながら今更だと思うのに。
虎徹の口からは何も言葉が出て来なかった。

「あ、ごめん。俺、忘れ物を思い出したから先行っててくれ」

バーナビーの視線に耐えられず、背を向けて駆け出すと虎徹は慌ててトイレに駆け込んだ。

「うっ!」

痛む胃からこみ上げてきたものを全て吐き出す。
なかなかおさまらない吐き気に苦しみながら、虎徹は戻らない己の記憶を呪った。



「まったく、遅いじゃないか!」
「すいません…」

ロイズに小言を言われた虎徹はいつものようにヘラリと笑う。
その顔色がよくないことに気づきながらも、バーナビーは見て見ぬ振りをした。

遅れて来た虎徹が乗り込むと勢いよくドアが閉まり、車は走り出す。

「……」

車内に広がる重苦しい沈黙に耐えかねて、虎徹もバーナビーも自然と窓の外へと目をやった。
車窓から見慣れた景色が流れてゆく。
共に無言のままの二人を乗せて、車はアポロンメディア社に向けてただひたすらに走り続けた。










つづく

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