長編2

□シーソーゲーム12
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爽やかな朝の目覚めだった。
ここしばらくの不眠が嘘のような熟睡感に虎徹は大きく伸びをすると、次にギョッと固まった。
スッキリとした気持ちとは裏腹に腰から下半身にかけて、重い鈍痛が走る。

(…てか俺、いつの間にベッドに?)

夕べは確か泥酔したまま帰宅して、と記憶をたどるうちにとんでもない内容を思い出し、虎徹はたちまち赤面した。

「ん…」
「うぉッ!」

隣りに人の気配を感じて恐る恐る振り向いた彼は、予想通りの結果に頭を抱え込んだ。

「あちゃー…」

軽く布団をめくってみると、自分も相棒も素っ裸でいかにも情事後の恋人同士といった風情だ。
恐らく、事に及んだ後、寝入ってしまった虎徹の後始末を済ませ、ベッドまで運んでくれたのだろう。
その後、自宅に帰らずに傍で一夜を過ごしたということはやり直したいと言ったバーナビーの決意は本物だということか。

(バカだよな、こいつ…)

ゆっくりと身を起こし、柔らかな金の髪を撫でてやる。

(俺なんかで本当にいいのかよ‥)

「…虎徹さん?」
「おはよう」

やがて、身じろいだバーナビーの瞳が開かれ、ぼんやりと虎徹へと向けられた。
普段と違うまるで無防備な様子に、こいつ、寝起き悪かったんだなと意外な一面に愛着を感じる。

「…よく眠れました?」

眠そうに目を擦りながら問うバーナビーの方がよっぽど寝不足に見えて、虎徹は苦笑した。

「おかげさまで久々によく眠れた」
「それならよかった」
「…ん?」
「ちょっと心配してたんです」

何が?と聞かなくても、バーナビーの言いたいことは虎徹にも予想がついた。

「虎徹さん、少し痩せましたね」
「…ん、まあな」

言葉を濁したところで、どうせ彼は全てお見通しなのだろうから余計な嘘はつかず、正直に答える。

「お前、腹減ってねえ?」
「ねえ、虎徹さん」
「そろそろ飯食って出勤するか」

バーナビーが何か言う前に、ベッドから下りかけた虎徹の肩を逞しい腕が引き止めた。

「…ッ」
「聞いて下さい」
「な…んだよ?」
「昨日、僕は確かに彼女と食事をしました」

掴んだ肩が微かに震える。

「でも、あれが最後です」

言っている意味が分からず、虎徹はえ?と背後を振り返った。

「彼女にはお付き合いする意志はないと、ハッキリ断りました」
「おま…え」
「だって、僕にはもう心に決めた人がいるのに」
「バーナビー…」

「僕はやっぱり、あなたが好きなんです」そう、きっぱりと言い切ったバーナビーの顔はとてもハンサムで一瞬、虎徹は見惚れてしまった。

「たとえ、あなたが僕のことを忘れていても、この先ずっと思い出してくれなくても、この気持ちは変わらない」

茹で蛸のように真っ赤になったまま言葉を失った虎徹をよそに、バーナビーの愛の告白は続く。

「たとえ何が起ころうと、僕は絶対にあなたを手放すつもりはありませんから」

いつもと違い、眼鏡越しでない翡翠の瞳が虎徹をじっと見つめている。
ああ、こんな時ハンサムは得だよな、などと考えながら虎徹は目の前の相棒の端正な顔を見つめ返した。

「お前、ずるいぞ…」

なぜだか不意に目頭が熱くなった。
泣き顔を見られたくなくて、真っ赤になったままの虎徹が慌ててそっぽを向く。

「虎徹さん?」
「もう一度やり直したい。お前そう言ったよな」
「え、ええ…」
「俺も、」

虎徹が思い切って口を開きかけたその時。
突然、二人の手首に装着されたPDAがけたたましく鳴り響いた。

「だぁッ!?」

驚いた虎徹が思い切り後ろへと仰け反る。

「なんだよ…」
「…どうやら事件のようですね」

隣りでバーナビーも軽く、ため息をついている。

「朝っぱらから勘弁してくれよ」
『ボンジュール、ヒーロー!こんな朝からで悪いんだけど事件発生よ』

アニエスのよく通る声が朝とは思えないテンションの高さで響いてきて、二人はうんざりと顔を見合わせた。

「…で、事件は?」
『シュテルンビルト行きのモノレールに爆弾が仕掛けられたの』
「はあ!?爆弾だって?」
「アニエスさん、犯人の目的は?」
『それが、特に犯人からの要求はなし。ただ、今から30分後、シュテルンビルト駅に到着するモノレールを爆破する、って犯行予告があっただけ』
「なるほど、それでモノレールに爆弾が仕掛けられた、か…」
『まったく、動機も目的も分かんなくて気味が悪いわ』
「ええ、確かに…」
「おい!のんきに喋ってる場合じゃねぇだろ」

アニエスとバーナビーの会話に口を挟めない虎徹はイライラしたようにベッドから下りると、衣服を身につけ始めた。

『とにかく、すぐ現場に 急行して!』
「分かりました」

30分か、と時計を確認した虎徹の横で着替えを終えたバーナビーは斎藤に連絡を取っている。

「すぐにトランスポーターを向かわせてくれるそうです」
「そうか…」
「間に合うといいんですが」

少し顔を曇らせたバーナビーに虎徹が笑いかけた。

「そのために俺らがいるんだろう?」

いつもの心強い笑顔にバーナビーもまた、笑ってみせる。

「もちろん」
「さあ、行くか!」

気合い十分な背中は本当にたくましくて、こんな時、彼は根っからのヒーローなのだと思い知らされる。

「虎徹さん!」
「なんだ?」
「事件が解決したら、さっきの続きを聞かせて下さいね」

すっかりヒーローモードの虎徹は先ほど自分が言いかけていた言葉を思い出したのか、おう、と小さく口ごもると慌てて彼に背中を向けた。










つづく

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