長編2

□NOT FOUND
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「だからー、お前までついて来る必要ねぇって言ってんだろ」
「昼休みに僕が何をしようと僕の自由です」

アイパッチを付けた虎徹の後を追い、アポロンメディア社の玄関を出たバーナビーは隣に並んで歩き始めた。

「…お前が一緒だと目立つんだよ」
「だから行くんです。悪い虫が付かないように」
「はあ!?」

真面目くさった顔で答えるバーナビーにため息を吐くと、虎徹は愛用のハンチング帽を深く被り直した。
たかが会社の昼休みに銀行で金を下ろすだけなのに大袈裟なんだよ、と心の中で呟いたものの口には出さない。
そんなことを言えばきっと、バーナビーから倍になって反論されるに決まっている。

(だいたいバニーのヤツ、心配しすぎなんだ)

虎徹がバーナビーの記憶だけを無くすという事件があってから、彼の心配性に拍車が掛かっているのは知っている。
半分は自分のせいでもあるから仕方がないということも。

(にしてもだ、こんな四六時中そばにいることはねーだろが)

「ちなみに、お前持ち合わせとか無いの?」
「ありません」
「財布ん中、空っぽにしてる俺が悪いんだけどさ、お前から借りれたら一番手っ取り早かったのになあ」
「僕はカードしか使いませんから。現金は持ち歩かない主義なんで」
「あっそ…金持ちは言うことが違うのね」

呆れたように言われて、バーナビーが目を眇める。
恐らく気に障ったのだろう。
纏う空気が変わったのを感じた虎徹はさり気なく、歩を早めた。

「そもそも何でお金が必要なんです?」
「そりゃ、帰りに買い物したりとか…」
「どうせ、お酒なんでしょ」

険のある物言いにカチンときた虎徹が今度は食ってかかる。

「それこそ、俺が仕事帰りに何買おうが俺の自由だろうが!」

そう叫んだ瞬間、隣を歩いていたバーナビーが突然歩みを止め、虎徹の腕を掴んで引き止めた。

「だから、そうじゃなくて!僕が言いたいのは‥」
「バニー‥?」
「うちに来ればいいじゃないですか。こんな時こそ僕を頼ればいい」

エメラルドグリーンの瞳が不満げに虎徹を見つめている。

「て言うか、僕は前から言ってますけどあなたと一緒に暮らしたいんです」

週末を共に過ごすだけの関係から一歩先へと進みたいのだと、ここ最近同じ主張を繰り返すバーナビーに虎徹は困ったように頭を掻いた。

「それは勘弁してくれ」
「どうしてダメなんですか?」
「んー、なんつーか。そこはまだちょっと、けじめをつけたいって言うか‥」
「‥僕なんかじゃ、まだ頼りにならないってことですか?」
「いや、そうじゃなくてだな」

たちまち不安の色を浮かべた瞳を見て、虎徹は慌てて言葉を取り繕う。
己の発する一言一言に一喜一憂するバーナビーの不安定さは虎徹にとって、心配の種だ。

「お前さ、変わったよな」

その変化が彼をどんな方向へ導くのかは分からない。
だが、まだ若いバーナビーが間違った道へ進むことのないよう見守るのが側にいる自分の役目だと、虎徹は思っている。

「あなたこそ、ずいぶん変わりましたよ」
「そっか?」
「昔はこっちの都合もお構いなしにお節介焼いてきたり、もっと図々しかったです」

ああ、こんな風にずけずけ言う物言いは変わらないな。
苦笑して、虎徹は視線を上げた。

「それを言うなら、お前はもっと俺に冷たかったぞ。ハッキリ言って、今のお前は俺を甘やかしすぎだ」

お互い様だと笑いかけた虎徹に対して、バーナビーは真剣な面持ちを崩さなかった。

「甘えて欲しいと言ったら?」
「へっ?」
「僕はもっとあなたに甘えて欲しいし、頼って欲しい」

ハンサムというのは罪作りな生き物だ。
男の自分でさえ一瞬ドキリとしたのだから、こんな風に迫られればきっと、世の女性達はイチコロだろう。

「うん、ありがとな。バニーちゃん」

半ば感心しながら答える虎徹に、今度こそ不機嫌そうにバーナビーが眉をひそめた。

「あの、そのバニーちゃんての止めて下さい」
「何で?前にお前、俺がバーナビーっつったらすんげー嫌な顔してたぞ」
「それは…」

バーナビーは口ごもりながら、視線を落とした。
出会った当初、あれほど嫌がっていた呼び名を面と向かって認めるのはさすがにプライドが許さなかったと見える。

「その、ちゃん付けはちょっと…。子供扱いされてるみたいで嫌なんです」
「ああ、そういうことか。分かったよ、バニー」
「面倒くさいヤツだとか思ってません?」
「思ってねーよ」

それこそ、子供じみた会話だと思ったがバーナビーなりの気遣いが虎徹には嬉しい。
他人を思いやる気持ちに欠けていた昔の彼と比べれば、それは人としての格段の進歩だ。

「さあ、急がねえと昼休みが終わっちまう」

苦笑した虎徹が先を促すと、バーナビーもまた黙って後に従った。


しばらく歩くと目的の銀行へと辿り着く。
入り口に立った二人の目の前で自動ドアがゆっくりと開き、斜め前にお客様窓口のカウンターが見えた。
店内に足を踏み入れると、普段なら「いらっしゃいませ!」と出迎えてくれるはずの行員の声がしない。
静まり返った銀行内の様子に違和感を覚えた二人に向けて、カウンターの中から突然銃口が向けられた。

「動くな!手を挙げろ!」

目出し帽を被った男の怒声に、二人は反射的に揃って両手を上げた。








つづく

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