長編2

□NOT FOUND4
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翌日、気怠い体を引きずるようにして出社したバーナビーはドサリと自席に腰を下ろした。
始業時間にはまだ早いオフィス内はしんと静まり返っている。
ふと隣の席に視線を送り、バーナビーは深いため息を吐いた。
虎徹の出社時間まではまだ時間がある。

(なぜ連絡をくれなかったんだろう?)

バーナビーからの留守電を虎徹が聞かなかったとは思えない。
まして、聞いた上で連絡を寄越さないとはもっと思えない。

「おはようございます。相変わらず、早いですね」
「あ、おはようございます」

やがて経理の女史が出勤し、にこやかに挨拶を交わす。
彼女は手荷物をデスクの上に乗せ、整理しながらバーナビーの顔を見て眉間にしわを寄せた。

「何だかずい分、顔色が悪そうだけど大丈夫ですか?」
「…昨夜ちょっと眠れなかったもので。ああ、心配いりませんから」
「若いからって無理しちゃ駄目ですよ」
「ええ、ありがとうございます」

作り笑顔で答えるバーナビーの視界に、見慣れたハンチング帽と上着が見えた。

「おはようございま〜す」

ふざけた挨拶をしながらオフィスに入って来た虎徹を見て、バーナビーが身構える。

「おはようじゃありませんよ、タイガーさん!昨日はどこ行ってたんです?」

挨拶もそこそこに、キツくたしなめられた虎徹がバツ悪そうに人差し指で頬を掻いていた。

「ちょっと野暮用で…」
「早退するなら、せめて私にも一言欲しいんですけど!」
「…以後気をつけます」

語気も荒く言い放つと、満足したらしく彼女は席に着いた。
そして、虎徹のデスクの上に山積みになっている書類へとチラッと目をやる。

「それ、昨日のうちに目を通して欲しかったあなた宛の請求書です」
「げっ!」
「今日中に処理して下さいね」

げんなりとした表情を浮かべた虎徹と対照的に、彼女はニッコリ笑うと自らの作業に取りかかり始めた。



渋々といった感じで席に着こうとする虎徹の姿を見て、慌ててバーナビーが立ち上がる。

「虎徹さん!」
「ああ、バニーおはよう」

いつものように笑いかけてくる虎徹は昨日の態度の不自然さなど、微塵も感じさせない。

「ちょっといいですか?」
「ん?どした?」
「…話があるんです」

まるで何事もなかったかのように振る舞う虎徹に、バーナビーは次第に苛立ちを感じ始めた。

「何だ?言ってみろよ」
「ここではちょっと…」

言いにくそうに口ごもるバーナビーに、分かったと答えた虎徹は彼を伴い部屋を出た。
「すぐ戻りますから」と愛想笑いを浮かべた虎徹が鬼のような形相の女史に睨まれたのは言うまでもない。




外に出た二人はしばらく歩くと、人気のない廊下の突き当たりで立ち止まった。

「話って何だよ?」

虎徹から切り出されて、ようやくバーナビーは重い口を開いた。

「昨日、何で連絡をくれなかったんですか?」
「…あ、ああ。お前がくれた留守電のことか?」
「僕は一晩中あなたからの電話を待ってたんですよ」

責めるような口調に虎徹の目が見開かれる。

「それでお前、そんなヒドい顔してんのか?」

苦笑した後、悪いと思ったのか視線を落としたまま、虎徹は言葉を続けた。

「そいつは悪かった。携帯をマナーにしたまんまでさ、留守電に気づいたの夜中だったんだ」
「……」
「お前ももう寝てるだろうと思って、電話しなかった。どうせ、次の日に会社で会うしさ」

虎徹にしては歯切れの悪い返答だ。
まして、いつも相手の都合などお構いなしに行動する彼らしくない。
どう考えても嘘だと見抜いたバーナビーだったが、ここで問い詰めても仕方ないと目を伏せた。

「…そうですか。事情は分かりました」
「なあ、もう仕事に戻ってもいいか?いい加減、おばちゃんに怒られちまう」

そう言いながら、その場を去ろうとする虎徹に向かってバーナビーは静かに名を呼ぶ。

「虎徹さん!」
「何だよ、バニー?」
「今夜、僕の部屋に来て下さい」

振り返った虎徹の顔が戸惑うようにバーナビーを見つめ返した。

「もともと週末は僕の部屋で過ごすという約束ですし、昨日の留守電に入れたとおりあなたと話がしたいんです」

きっと、寝不足のせいもあるのだろうが。
鬼気迫るバーナビーの表情に虎徹は逃げることは出来ないと悟った。
第一、彼をこんな風に追い込んだのは自分の責任でもある。

「約束破ったりはしねーよ。今夜はちゃんとお前んちへ行くから安心しろ」

その後、ホッとした様子のバーナビーに虎徹は緊急出動の要請があった時、ヒーローが寝不足では役に立たないからと、無理やり仮眠を取らせた。




(やっぱ、避けらんねーもんなあ)

できればしばらくの間、彼の部屋を訪れたくなかったというのが虎徹の本音だ。
だが、恐らくバーナビーはそれを許さないだろう。
ここで下手にバーナビーの機嫌を損ねてしまえば、嘘までついてはぐらかそうとした意味がない。

それにーー。
ここ最近の彼の情緒不安定さも気がかりの一つだ。

思い詰めた彼が暴走する前に何とかしなければと、バーナビーの寝顔を見ながら思う虎徹だった。









つづく

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