長編2

□NOT FOUND5
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よし!とパソコンのキーボードを叩いて虎徹は大きく伸びをした。
出動要請の呼び出しも掛からず、ずっとデスクワークに従事していた体はまるで鉛のように重い。

「あー、肩凝っちまったぜ」

首をコキコキと鳴らしながら腕を回す虎徹を見て、経理の女史は呆れたようにため息を吐いた。

「まったく、そんなに書類をためるからですよ」
「…いやあ、やっぱ俺らの本職はヒーローッスね。慣れない事務作業なんてするもんじゃない」
「そう思うんだったら、これからはもう少し慎重に行動して下さい」
「あ、いや、それは…」
「正義の壊し屋なんて、いい年をした大人の呼び名じゃありませんからね」
「………はい。反省してます」

目の前のやり取りを見ながらクスリと笑ったバーナビーはパソコンの電源を落とすと、虎徹へと向き直った。

「あなたの始末書の整理も片付いたようですし、そろそろ帰りますか?」
「お前まで、ヒドいぞ。バニー」

口を尖らせた虎徹の肩を叩いてバーナビーが退社を促す。
行きますよ、と声をかけると虎徹もまたようやく重い腰を上げた。

「お先に失礼します」
「お疲れさんです」
「はい、お疲れ様でした。お二人とも気をつけて」

なんだかんだ言いつつ良き理解者である彼女に見送られ、二人はオフィスを後にする。
廊下に出た途端、バーナビーが虎徹に尋ねた。

「夕食はどうします?外で済ませますか?」
「そうだなあ。お前と外食じゃ、ゆっくり食えなさそうだしなあ」

しばし考えた後、今度は虎徹がバーナビーに聞き返す。

「冷蔵庫の中、なんか残ってねーか?」
「少しくらいなら残り物があると思いますが」
「んー、じゃ久しぶりにチャーハンでも作ってやっか」

そう言うと、途端にバーナビーは顔を輝かせた。







相変わらず殺風景な部屋だなあと、毎回訪れる度に虎徹は思う。
思い出ばかりが溜まりにたまって物で溢れた自宅と比べ、あまりにもシンプルな室内は何となく落ち着かない。
バーナビーは虎徹との同棲を望む際に住むところにはこだわらないと言ったが、恐らくセキュリティー面から考えてもこことさほど変わらない高級マンションに落ち着くことになりそうだ。

(なんか、息が詰まりそうなんだよな…)

これが虎徹が彼との同居生活に踏み切れない一つ目の理由。
そして二つ目の理由は、虎徹が意外に束縛を嫌う自由人であると言うことだ。
いつも人の輪の中にいるような印象を与える虎徹だが、オフの日は一人で過ごすことの方が多い。
自分の時間を大事にするという点では、ある意味バーナビーよりも孤独を愛していると言えるかもしれない。

(それに、今のバニーはちょっと俺に執着し過ぎだし…)

人の温もりを知ったバーナビーが誰かを頼ったり、信頼するようになったのはいいことだと虎徹も思う。
だが、今の彼の虎徹への執着っぷりはちょっと異常だ。
先日の事件でも見せた若さ故の真っ直ぐさが、虎徹は不安でたまらなかった。

「何か手伝いましょうか?」

不意に背後から話し掛けられビクリとする。
考え事に気を取られ、どうやら料理に集中出来ていなかったようだ。

「いや、もうじき出来上がるから座って待っててくれ」
「…分かりました」

大人しくリビングに戻る後ろ姿を複雑な思いで見送りながら、虎徹はフライパンを握る手に力を込めた。







「お待たせ。オジサン特製チャーハンの出来上がりだ」

ホカホカと湯気の立つチャーハン皿を両手に持った虎徹がリビングにやって来る。
床に置かれた小さなテーブルに皿を置くと、入れ替わるようにバーナビーが立ち上がった。

「ワインでいいですか?」
「お前に任せるよ」
「じゃ、ワインで」

バーナビーの好きな銘柄のワインとグラスがテーブルに並び、二人は狭いテーブル越しに向かい合った。

「乾杯」
「おう、いただきます!」

グラスに注がれたワインを一気に飲み干した虎徹がハァーッと息を吐く。
その様子を見て、バーナビーは苦笑した。

「そんな飲み方は止めて下さい、オジサン」
「えー!どんな風に飲もうと俺の勝手だろ〜。お前んちのワイン美味いんだもん」

そう言いながらお代わりを注ぐ虎徹のピッチはいつもよりも早い。

「夜は長いんですから、あまり飲み過ぎないで下さいね」
「分かってるよ。どうせ今夜は帰んねーんだし、酔っ払っても構わねえんだろ?」
「それは…そうですが」

嬉しそうにニヤケたバーナビーに「何だよ?」と虎徹が問う。

「本当に今夜は泊まっていってくれるんですね」

己の口から出たお泊まり宣言が嬉しかったらしいと気づいた虎徹は、赤い顔でそっぽを向いた。

「や、約束だからな」
「それでも僕はうれしいんです」

縋るような声音が切なくて胸を締め付ける。
ずっとそばにいたいと思う気持ちは同じはずなのに、どこか違和感を感じるのは何故なのだろう。


『何もかも救おうなんてあなたの考えは甘いんです』


ふとした瞬間に、虎徹の中であの時のバーナビーの言葉が蘇る。
あの事件以来、モヤモヤとしたわだかまりが虎徹の心をずっと悩ませていた。








つづく
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