短編2

□シークレット・ラブ【前編】
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高級ホテル最上階のラウンジからのぞく夜景を見下ろしながら、バーナビーは手持ち無沙汰な様子でワイングラスを揺らしている。
打ち合わせという名の接待を終え、ようやく自由の身になった彼はこれからどうしようかと思案中だった。

「はあ…。帰りたい」

ため息を吐いてテーブルに置かれたルームキーに目をやる。
薄っぺらなカード型のそれは接待の相手から押し付けられたもので、バーナビー自身は興味も関心もない。
例え、それがVIP御用達で有名な最上級クラスのスイートルームだとしてもだ。

(無理に泊まってやる義理はないな…)

やはり自宅へ戻ろうと立ち上がった彼は、ラウンジから外へと繋がる廊下に視線を走らせる。
そして、そこに見慣れた人物を見かけて首を傾げた。

(おじさん…?)

フラフラと歩く後ろ姿には見覚えがある。
そっと近づき、背後から声をかけると年上の相棒は飛び上がるようにして振り向いた。

「こんな所で何してるんです?」
「だっ!…お前かよ‥」

相棒と言っても互いに馬が合わずにぶつかってばかりいる。
声を掛けたのはただの気紛れで、相手も驚いたようにバーナビーを見つめ返した。

「こんな所であなたに会うなんて、思ってもみませんでしたよ。あなたも接待ですか?」
「…」

冷たい声音には小馬鹿にしたような感情が滲み出ていて、虎徹は眉をしかめた。

「…そんなとこだ」

珍しく自嘲気味に返された返事に、今度はバーナビーが眉をひそめる。
よくよく見れば、虎徹の普段は首元まできっちり止められているネクタイが緩み、着衣がわずかに乱れていた。
またアイパッチに隠れた目元は潤んだような熱を持ち、どことなく息も上がっているように見える。
全身から醸し出される大人の男の色気というのだろうか、別人のような様子に戸惑いながらバーナビーは虎徹へと近付いた。

「おじさん、」
「…ッ!!」

右手で腕を掴んだ瞬間、喘ぐような仕草で虎徹が大きく体を震わせた。

「な…」
「‥は…なせ‥」

掴まれた手を振り払おうとして、荒い息を吐く虎徹にバーナビーは目を見開く。

「…どうしたんです?」
「なんでも…ねぇ、よ」
「何でもないようには見えませんが」

目を細め、問い詰めるバーナビーの手を振りほどこうと身じろいだ虎徹の体が小刻みに震えている。
ほっといてくれ、と小さな声で呟いた彼が目を逸らすのを見てバーナビーはある噂話を思い出した。

『ヒーロー仲間に枕営業をしている者がいる』

いつだったか接待の席で、そう耳元に囁いてきたスポンサー企業の社長は単に自分に鎌を掛けてきたのだと思っていた。
君はどう思う?と尋ねられ、「もし、仲間がそんな行為をしていると知ったら僕は軽蔑します」と答えたバーナビーに、そこで会話は終了したのだが。

まさかという思いを込め、バーナビーは虎徹の耳元に唇を寄せた。

「おじさん、あなた‥」
「なに‥?」
「枕営業なんてしてませんよね?」

その瞬間、驚きに見開かれた琥珀の瞳に噂が真実であるとバーナビーは確信した。

「‥噂は本当だったんだ」
「…ッ」
「あなたはスポンサーを取るために誰とでも寝るんですか?」

非難めいた口調に虎徹が顔を上げる。

「だったら、どうだってんだ?」

口の端を上げ笑う年上の男はまるで見ず知らずの他人のようだ。

「大人には大人の事情ってやつがあるんだよ」
「…開き直りですか?呆れたな」
「何とでも好きに言えばいいさ」

虎徹らしからぬ自棄な物言いは、なぜかバーナビーを苛立たせた。
ああ、そうですか、といつものように突き放せばいいのにそう出来ない自分自身が更に彼を苛立たせる。
徐々にきつくなる震えを堪えながら頬を紅潮させ、虎徹は再びバーナビーの腕から逃れようとする。
逃すまいと力を込めて、バーナビーは意地悪く虎徹の顔をのぞき込んだ。

「薬でも使われたんでしょう?体が疼いて仕方ないって顔してる」
「…そう思うんなら、この手を‥はなせ」
「離したらあなた、誰を抱くんです?」

刺すような冷たい視線に一瞬、虎徹はくしゃりと顔を歪めた。

「ちげーよ‥」
「え?」
「抱くんじゃない。俺が‥抱かれるんだ‥」

思わぬ告白にバーナビーはただ呆然と、その場に立ち尽くした。

「ちょ、ちょっと待って下さい!抱かれるって」
「…世の中にはそういう趣向の奴もいるんだよ」
「……」
「軽蔑したか?…分かったら、手‥はなせ。人目に付く」

虎徹の言葉に、ここが公共の場だということを思い出したのだろう。
バーナビーは大人しく掴んでいた手を離した。

「‥モタモタしてっから見つかっちまったじゃねぇか‥」
「え?」
「そのスポンサー様だよ。‥お前のせいだぞ」

足音荒く険しい顔つきで二人に近づいてきた男が見える。
何やら口を開きかけた男は隣にいるのがバーナビーだと気づくと、途端に表情を硬くした。
虎徹と男の関係があまり良好なものでないことを瞬時に察知し、バーナビーもまた冷たい笑みを浮かべる。

「‥どういうつもりだ、ワイルドタイガー?」
「すいません。‥偶然コイツと出くわして、仕事の話を‥」
「行きましょう、おじさん」

言い訳をしようと口を開きかけた虎徹を遮って、いきなりバーナビーが二人の間に割って入った。

「ちょっと、君!」

男の抗議を軽く鼻であしらい、彼は冷たい声音で男に言い放つ。

「事情は知っています。ですが、公表すればあなたの立場もまずいんじゃないですか?」
「なっ!」
「今後、ワイルドタイガーへの接触は会社を通して行って頂きたい」

きっぱりとした口調で最後通告を突きつけられ、男は顔色を失う。
一切の気遣いもなく歩き始めたバーナビーの背に「若造が‥」という男の悔し紛れの呟きが投げつけられ、やがて足音は遠ざかっていった。

「‥バニー、お前‥なんで?」
「いいですか、あなたと僕はコンビなんです。あなたのスキャンダルは僕にとっても命取りだってことを忘れないで下さい」
「ああ、…そうだったな。でも‥ありがとな」
「……」

ホッとしたように告げられた虎徹の言葉にバーナビーは何も言わなかった。
ただ、胸の中に残る後味の悪い感情だけが彼をらしくない行動へと駆り立てる。

「…とりあえず、僕の部屋へ行きましょう。あなただってもう、限界でしょう?」

否定の言葉も出ないほどに追い詰められていた虎徹は、黙ってバーナビーの後に従った。









※後編のエロに続く(予定)

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