長編3
□夜の闇に抱かれて(R)
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「アポロンメディア社…」
ここか…と右手に持つ名刺と見比べながら、虎徹は目の前にそびえ立つ巨大なビルを見上げた。
この世にNEXTと呼ばれる特殊能力者が現れてから、かなりの年月が経つ。
その間、様々な偏見や差別にさらされながらも、彼らはようやく街の平和を守るヒーローという道に活路を見いだした。
虎徹もまた、NEXTでありながら偉大なヒーローとして活躍したレジェンドに憧れ、同じ道を志した…のだったが。
だがしかし、今の虎徹にデビュー当時の華やかな面影はまるでない。
どころか、巨大都市シュテルンビルトの街を守るヒーロー、ワイルドタイガーとしてデビューし、すでにベテランと呼ばれる域になった彼もここ最近の成績は芳しくなく、今では崖っぷちとまで囁かれている。
それを証明するかのように、先日勤め先のヒーロー事業部はヒーロー業務からの撤退を決め、元上司のベンからは「新しい就職先だ」と一枚の名刺を渡された。
来期からヒーローを7つの大手企業が独占統括するらしく、そのあおりを受けての失業というわけだ。
まだ転職先があるだけマシなのだろうが。
虎徹には養うべき家族がいる。
そして何より、彼は誰よりもヒーローという職業を愛している。
もちろん世話になったベンを差し置いて、自分だけが新しい職場へ移ることに抵抗はあった。
だが、そのベンがこの先ずっとワイルドタイガーを応援し続けたいと言うのだ。
ならば虎徹が選ぶべき道は一つしかない。
「しっかし、でっかい会社だなあ…」
呟きながら背筋を伸ばし、大きく息を吐く。
よし、と気合いを入れ直した虎徹はそのまま勢いよくビルの中へと足を踏み入れた。
応接室へと通された彼の前にロイズが現れる。
「君がワイルドタイガー?」
「…鏑木虎徹です」
この神経質そうな男が新しい上司かと、虎徹は慌てて帽子を取り姿勢を正した。
「君には、あるヒーローと組んでもらうから」
いくつか交わしたやり取りの後、いきなり告げられた内容に目を丸くする。
そんなの聞いてないとの抗議も軽くスルーされ、突然のエマージェンシーコールに虎徹は憮然とした表情のまま、緊急出動する羽目になる。
そして…。
現場に登場した相棒とやらを見た瞬間、彼は絶句した。
「行きますよ、オジサン!」
「え、お前かぁ!!」
現れたのは先日、お姫様抱っこで虎徹のピンチを救った新ヒーロー、バーナビー・ブルックスJr.だった。
これからコンビを組むことになるというこの若くて生意気なスーパールーキーとの出会いが、今後の彼の人生を大きく変えてしまうのだが…。
「…うそだろ」
そんな想像もつかない己の未来を、今の虎徹が知る由もなかった。
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