長編3

□幸せな恋の結末(R)
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気づいたらいつの間にか相手のことを好きになっていた。
恋の始まりなんて、たいていそんなものではないだろうか。
最近自覚したばかりの恋心に胸を苛まれながら、虎徹はそんなことを考え、深くため息をついた。
まさかこの年になって、もう一度誰かに恋をするなんて思いもしなかった。
遥か昔、妻の友恵に恋した時のような相手を愛おしく大事にしたいと思う甘酸っぱい感情は、懐かしさと同時に気恥ずかしさも感じさせる。
人間いくつになっても人を好きになるんだなあと感傷的に思う反面、虎徹はその気持ちを素直に受け入れられずにいた。
虎徹は年齢的に見ても、もう若いとは言えない。
愛する妻とは死に別れ、なおかつ一児のパパだと言えば、恋のお相手としてはかなりハードルが高い部類に入るだろうという自覚はある。

「まあ、問題はそこじゃねーんだけどな」

ハードルは虎徹自身の問題だけではなかった。
そもそも彼が恋心を自覚した相手というのが同性で年下のちょっぴり生意気な相棒、つまりバーナビー・ブルックスJr.だというのがハードル以前の問題だった。
もう問題があり過ぎて、自分でもどこから突っ込んでいいのか分からないけれど、一つだけハッキリと言えることがある。
それは、虎徹がバーナビーに恋をしていて、彼のことが好きだということ。
この気持ちだけは誤魔化しようもない、虎徹の素直な感情だ。

「…けど、言えるわけねーよな」

オフィスのデスクに頬杖をつき、またため息をこぼす。
隣の席も前の席も今は不在でサボりを指摘されないのをいいことに、虎徹はキーボードを打つ手を止めて考え事に没頭していた。

(第一、伝えてどうする?何期待してんだよ)

万に一つ告白をして、奇跡的に思いが通じ合ったとしてだ、それからどうするというのか?
男同士でイチャイチャとお付き合いでも始めるつもりか?
自分で想像しておきながら恥ずかしくなって、思わず顔が赤らんだ。

(…ありえねー)

「それに、今俺たちコンビとしてうまくいき始めたばっかだしな」

ジェイク事件をきっかけに心を開くようになったバーナビーとの関係は良好だ。
打ち解けてしまえば彼が実は優しく、誠実な若者だということが分かって二人の距離は一気に縮まった。
オジサンではなく名前で呼ばれるようにもなり、充実した毎日を送る虎徹だったが、一応勘違いしてはいけないと自制はしてきたつもりだった。

「…それがこの有り様だからな」

バーナビーが自分に向ける親愛の情は生まれたての雛鳥が親鳥に向けるような愛着だろうと虎徹は考えている。
万が一にでもそこを間違えてはいけない。
静まり返ったオフィスの中。戒めのようにぐっと唇を引き結び、気持ちを切り替えた虎徹は再びパソコンの画面に向き直ると、たどたどしい手つきでキーボードを叩き始めた。



つづく

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