短編3

□そんなところも好きなんです
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「チッ」

もうすぐ目的地だというのに渋滞の列に巻き込まれ、一向に動かなくなってしまった社用車の中でロイズさんが忌々しげに小さく舌打ちをする。
事故の連絡は来ていないからきっと自然渋滞なんだろう。
苛々と何度も腕時計に目をやるロイズさんを見ていると何だかこっちまでイライラしてきて、僕は窓の外へと視線を移した。

「…間に合いますかねぇ?」

すると空気の重さに耐えかねたのか、車内の誰もが言えずにいた問いかけを虎徹さんは何の躊躇もなくサラッと口にした。

「間に合わないと困るから急いでるんでしょ」
「そりゃそうですけど…」

ピシャリと返された上に軽く睨まれた虎徹さんは慌ててハンチング帽を目深に被り直した。
相変わらず空気の読めない人だ。
先程から我慢に我慢を重ねているロイズさんがキレるのも無理はない。
この後予定されているトークショーにはすでにたくさんのファンが駆けつけてくれているそうだ。
事情を話せば許してもらえるだろうが、僕たちの到着を心待ちにしているファンの人たちを長時間待たせたくはない。
どうすればいいかと考え始めた矢先、不意に虎徹さんが言った。

「会場はすぐそこなんですよね?」
「すぐそこって言ったって、ここから車で20分はかかる距離だよ」
「じゃあ、走ればすぐだ」
「はあ!?」

言うなり、虎徹さんは歩道側のドアを開けて外に出た。
そして僕に向かって手招きをする。

「おら、バニー!行くぞ!」

反射的に車外へ飛び出してしまった僕の背中に、ロイズさんの慌てふためいた声が飛んでくる。

「ちょっと、君たち!」
「じゃ、俺たち先に会場へ向かいますんで」

ヘラリと笑った虎徹さんは愛用のハンチング帽を手に持つと、そのまま振り返りもせずに走り出した。
呆気にとられていた僕も慌てて後を追う。
追いつき、並んだ僕の姿を横目で確認して、虎徹さんはご満悦の様子だ。

「ハンドレッドパワーを使えばあっという間に着きますけど」
「バカ言え、能力ってのはな、人助けのために使うもんなんだよ」
「ファンの皆さんのためっていうのは理由になりませんか?」
「…そういうのは屁理屈っつうんだ」

全速力で走る虎徹さんの額にはうっすらと汗が滲んでいる。
こりゃあ、会場入りしたら即、シャワールームに直行だな。

「まったく、あなたのせいで僕までとばっちりだ」

ファンの前で汗だくのみっともない姿を晒すわけにはいかない。
なんせ僕らはシュテルンビルトの人気ヒーロー、タイガー&バーナビーなんだから。

「そう言うなよ、バニーちゃん」
「……」

不機嫌を装う僕に、虎徹さんが媚びたような甘え声を出す。
これはズルい、反則だと思いながらも、もう反論できなくなってしまっている僕はつくづく彼には甘い。

「ちなみに虎徹さん、会場の場所分かってます?」
「あ、……」

やっぱり僕がついてなきゃダメなんだから…と呆れたフリをしていたが、走りながら終始僕は頬が緩むのを抑えられなかった。




END



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