短編3

□ラストシーンはハッピーエンドで
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「俺たち、もう終わりにしないか?」

やっとの思いで絞り出した俺の一言に、バニーは驚いたように目を見開いた。




『ラストシーンはハッピーエンドで』




同じヒーローとして、そして相棒として、時にぶつかり合いながら、時に協力しながら、短くはない時間をその傍らで過ごしてきた。
いつしか互いの家を行き来するほど親密な関係になった俺とバニーはある夜、ふとした弾みで仕事上のパートナーという一線を越えてしまった。
それはもうきっかけすら思い出せない、どちらが先に誘ったのかも覚えていないほど曖昧な、いわば一夜の過ちとでも言うようなもので。
だから俺は、その行為を互いの性欲を満たすためのものだったと結論付けた。
恐らくバニーも同じだったんだろう。
その夜を境に俺たちの関係が劇的に変化する…わけもなく、俺とバニーは相変わらず今まで通り仲のいいバディのままだ。

「明日オフですよね?今夜、僕の家に来ませんか?」

変わったことがあるとすれば、一度きりだと思っていた関係が今も続いていること。
いわゆる、世間で言うところのセフレってやつか。
まさかこの年になって男に、しかも年下の相棒に抱かれる日が来るとは思ってもみなかったが体の相性自体は悪くない。
…と俺は思っている。
俺もあいつも職業柄、スキャンダルは御法度だから、体のいい性欲処理だと割り切ればいい。
何しろ、互いの事情もよく分かっていて秘密の共有も出来る。
そういう意味では、バニーは俺にとっては最高の相手と言えた。


こんなくたびれた中年男のどこがいいのだろう?
そう冷めた目で見ていた時期もあったが、若いバニーの体に溺れたのはむしろ俺の方だった。
まるで壊れ物を扱うような優しい愛撫に、恋人に向けるような情熱的な眼差しに我を忘れて俺は縋りついた。
初めの頃に感じていた罪悪感も今となっては微塵もない。
だから俺は、バニーから誘われればよほどのことがない限り、誘いを断らなかった。


ただ一つ、誤算だったこともある。
それは肌を合わせれば情がわく、ということ。
ましてや、仕事もずっと一緒で誰よりも近しい存在だったバニーと更に深い関係を持ってしまったのだ。
深入りするなと言う方が無理だろう。
少しずつ惹かれているのは自覚していた。
むしろ、割り切ろうとすればするほど逆にその存在を意識するようになり…。
性欲処理だと思っていた相手がいつしか自分にとってかけがえのない存在になっていたと気づいた時にはもう、二人の関係はやり直しの出来ないところまで来てしまっていた。
それでも感情を抑え込み、ダラダラと関係を続けて半年が経った頃、バニーの様子が突然変わった。
今までと違い、どこか俺との距離を置こうとするあいつの言動に、ついに来るべき時が来たのだと俺は悟る。
そろそろバニーを手放す時期がやってきたのだ。




いつものように事を済ませた後、ベッド端に座ったバニーは背を向けたまま話を始めた。

「あの、虎徹さん。今日は僕、大事な話があるんですけど」

彼女が出来たんで別れて欲しいとでも言うつもりか。
…いや、そもそも俺たち付き合ってねーよな。
自分で自分の思考に突っ込みを入れながら、俺は唇を歪ませた。

「…ちょうどよかった。俺もお前に話がある」

そう言えば、目の前のバニーの肩がピクリと揺れた。

「俺たち、もう終わりにしないか?」

始まってもいないのに終わりなどと言うのも滑稽だとは思ったが、他に言葉が見つからなかった。

「こういうのはもう終わりにしよう」
「それってどういう…」
「お前とはもう寝ないって言ってんだ」

ハッキリ言わなきゃ分かんないんなら、ちゃんと言ってやるよ。
お前が悩まないように、振り返らずに前へ進めるように。
多分、これは俺がお前にしてやれる最後の…。

「ちょっと待って下さい!」

俺が感傷にふけっていると、勢いよくバニーがこっちを振り返った。

「急に何を言い出すかと思えば」
「いや、さよならを切り出そうとしてたのお前だろ?」
「はあ!?だから、何でそうなるんです?」

まるで話が噛み合わないので、恐る恐る俺は憶測を口にする。

「…お前、彼女とか出来たから俺との関係やめるとかって、そういう話なんじゃねえのか?」

途端にバニーがブーッと吹き出した。
こっちは真剣に話してんのに吹き出すなんて失礼な奴め…なんて思ってたら「逆ですよ」とまた笑われた。
逆?逆って、どういう…?

「どう切り出せばいいか分からなくてずいぶん悩んだんですけど…あなたが好きなんです。だから、僕のパートナーになってくれませんか?」
「は?いや、今もパートナーだろ?」
「仕事の上でじゃなくて」
「え?」
「プライベートでのパートナーです」

ドクン、ドクンと心臓が激しく鼓動を打ち出す。
今俺は、自分に都合のいい夢を見てるんじゃないだろうか?

「…で、でも俺には嫁さんが」
「知ってます。でも、問題ありません」
「…娘もいるし」
「うまくやっていく自信はあります」
「…第一、俺男だし、もう若くないオッサンだし」
「そんなあなたが好きだって言ってるんです」

バニーの言葉に俺の心は激しく揺さぶられる。
さっきから訳の分からない感情がこみ上げてきて、今にも泣き出しそうなのをぐっと堪えて俺はバニーを見た。
その瞳からは真剣な思いが伝わってくる。
そしてその真摯な色合いは、かつての俺の思い人を彷彿とさせた。

「言い訳は必要ないんで、あなたの気持ちを聞かせてくれませんか?」

なんてムードもへったくれもない口説き文句なんだよ。

「僕が嫌いですか?」

ああ、お前らしいや。
そんな風に直球ストレートに聞かれたら、こう答えるしかねえじゃねえか。

「…俺も好きだよ。くそっ…」

ズルいぞ、バニー。
してやったりといった表情で笑ったあいつは、そっと俺に唇を重ねた。



―かくして、体から始まった俺たちの恋物語はこうしてハッピーエンドで幕を閉じた。




END
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