短編3

□パンドラの箱(R)
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もうこんな時間か、と横たわる虎徹の腕時計で時刻を確認したバーナビーはため息をついた。
その虎徹はと言うと、すっかり酔っ払って寝てしまっている。
自室の床に転がった酒の空き瓶を見ればそれも仕方ないと、一向に起きる気配のない相棒の体をバーナビーはゆっくりと抱き上げた。
そのままお姫様抱っこで寝室へと向かいながら、少し複雑な心境で視線を彼に落とす。

「まったくあなたって人は」

まるで警戒心のない、無防備な寝顔は出会った当初から変わっていない。
変わってしまったのはむしろ、バーナビーの心の方だ。

「…人の気も知らないで」

八つ当たりだと分かっていても、つい文句が出てしまう。
そう、バーナビーは今、恋をしているのだ。
この最悪の出会いをした、そりの合わない年上の相棒に…。


最初はまさかと思った。
尊敬や憧れに近い気持ちを勘違いしているだけだと思い込もうとした。
だがいつしか膨れ上がった感情が欲情という形に姿を変えた時、さすがのバーナビーもこれは恋なのだと認めざるを得なかった。
ベッドに虎徹の体を横たえ、その隣に腰を下ろす。

「ごめんなさい、虎徹さん…」

小さな吐息を吐き出すと、バーナビーは己のスラックスのジッパーに手を掛けた。
相手の気配を窺いながら、慎重にそれを下に下ろしていく。

「く…」

必死に声を殺して、バーナビーは芯を持ちつつあるペニスに指を絡める。
やんわりと揉みしだき、軽く上下に擦ればそれはすぐにピンと硬くそそり立った。

「…ん、あ…」

向けられた背中は規則正しい上下運動を繰り返している。
途切れることなく聞こえてくる、いびきに近い寝息に安心してバーナビーの手の動きはだんだんと大胆なものになっていった。

「虎徹さん…ッン…」

好きです、と声に出せば手の中のペニスがドクンと脈打ち、ますます大きくなる。
先走りが滲んだ先端は扱く度にイヤらしい音を立て、それに呼応するかのようにバーナビーの息遣いも荒くなっていく。

「…っ…はッ…」

本人を目の前にしての自慰に罪悪感を感じないわけではなかったが、それを上回る背徳的な快楽にいつしかバーナビーは溺れていった。

(今夜は僕も飲み過ぎた。だからすべて、アルコールのせいにしてしまえばいい…)

そんな言い訳を頭の中で何度も繰り返しているうちに、やがて下半身から背筋にかけて痺れるような快感がせり上がってきた。

「…虎徹、さん…虎徹さん…」

うわごとのように何度も虎徹の名を繰り返すバーナビーの手が激しく上下する。
その度にギシギシとベッドが軋んで二人の体も上下した。

「もぅ…イク…虎徹さんッ…」

慌てて側に置いてあったティッシュボックスから数枚ティッシュを抜き取り手で覆うと、そのままバーナビーは欲望を吐き出した。

「…ッはぁ…」

ビクン、ビクンと震えるペニスから白濁が溢れ出す。
イッた瞬間は何も考えられないくらい気持ちいいのだが…。
射精後の解放感はすぐに後悔の念へと変わってしまう。
まるで吐き出すことの出来ない思いを補うような代償行為は終わってしまえば虚しいだけだ。

「ハァー…」

大きくため息をついたバーナビーが後始末をしていると、不意にベッドが音を立て揺れた。
寝返りでも打ったのだろうかと振り返ったバーナビーは思わずあっ、と声を上げた。
闇の中、こちらを凝視している虎徹と目が合ったからだ。

「虎徹さん…」
「…バニー…?」

たちまち心臓が早鐘のように打ち始め、背中を冷たい汗が伝う。
いつから目が覚めていたんだろう?
この行為に彼は気づいていたんだろうか?
焦りとパニックのあまり、すっかり固まってしまったバーナビーに代わって沈黙を破ったのは虎徹だった。

「わ、わりぃ!俺、帰るわ!」

その一言でバーナビーは虎徹が己の行為に気づいていたのだと悟った。

「…っだ!」

考えるよりも先に体が動いて、虎徹をベッドに縫い止める。

「…どこから見てました?」
「え、えっと…お前が俺の名前呼びながらイクとこ…?」
「……ほぼ全部じゃないですか…」

羞恥心、罪悪感、その他様々な感情が入り混じってバーナビーを後悔の海に叩き込む。
ガックリと肩を落としたバーナビーに、虎徹は恐る恐るといった風に口を開いた。

「…あのさ、お前のおかずって俺なわけ?」
「…そうですけど」
「なんでだよ?」
「なんでって…分かりませんか?」

ベッドに押し倒されて、男にのし掛かられて、それでも虎徹の瞳の色は変わらない。
警戒心のまるでない、無防備なその色にバーナビーの心が苛立つ。
しかも、「好きだ」という肝心な告白部分だけ聞いていないなんてどんな嫌がらせだ。

「じゃあ、教えてあげますよ。今からゆっくりとね」

まずはキスから…。

(…不用意に開けてしまったあなたが悪いんですからね)

ゆっくりと近づいてきた端正な顔を虎徹はぼんやりと見つめている。
その余裕な顔が乱されるまで、あと吐息一つ分…。

―開かれたパンドラの箱から飛び出すのは災いか、それとも希望か。

結末は神ではなく、虎徹とバーナビーの二人のみぞ知る。




END



※久々にエロっぽいのが書きたくなって一気書き…したのですが、「あなたって人は」の使い方を間違えた気がします;

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