短編3

□いつ言うの?今でしょ
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「いつ言うの?今でしょ」 ※あと少し、まだ少しの続きです





大勢の人でごった返すデパートの特設会場。
「押さないで!」「ちゃんと列に並んでください!」という係員の呼びかけも去年とまったく変わらない。
悪夢としか言い様のない去年の出来事が虎徹の脳裏に鮮明に蘇った。

「今年もまたやんのかよ」

うんざりといった口調でため息をついた虎徹の横で、パティシエ姿のバーナビーは髪の乱れを整え、出番を待っていた。
自分のが終わると虎徹の方へと向き直り、今度は彼の髪と衣装をチェックする。

「去年のイベントがすごく盛況だったので、今年もスポンサーから依頼が来たそうです」
「どうせ、今年もお前が主役なんだろ?俺は外してくれてもよかったのに」
「そういうわけにはいかないでしょう。スポンサーからの依頼はコンビでってことなんですから」
「…コンビねぇ」

ステージが組まれた会場には続々とファンが集まりつつある。
去年と同じく、今年もスポンサー会社販売のチョコを買い、応募してくれたファンの中から抽選で100名がこのイベントに招待されていた。

「今年もやんのか?えーっと、壁ドン…だっけ?」
「いえ、今年は違うそうですよ」
「んじゃあ、何すんだ?言っとくけど、俺トークとか出来ねーからな」
「それは心配いりません。今回はあらかじめファンの人たちにアンケート用紙が配られているそうで、そこに書いてある質問事項や言って欲しいセリフとかを答えるだけみたいですから」
「そうなのか…」
「まあどんな質問が来るかは分かりませんが、去年みたいなのよりはマシでしょう?」
「…俺にとってはな」

揶揄するように言われ、虎徹は思わず苦笑した。
去年のイベント、壁ドンとやらに虎徹を指名したファンは結局一人もいなかった。
ただボーッと突っ立って笑っているだけという地獄のような時間に比べれば、ファンからの質問に答えるトークショーの方がいくらかマシだ。

『それでは皆様、長らくお待たせいたしました!タイガー&バーナビーのお二人に登場していただきましょう!』

会場の準備が整ったのだろう。
男性司会者のアナウンスに続いて黄色い歓声が聞こえてくる。
控えのスタッフからそれぞれハンドマイクを手渡され、二人は顔を見合わせた。

「さあ、そろそろ行きますか」
「おう。いっちょ、ワイルドに吠えるか!」

気合いを入れた虎徹は足取りも軽く、舞台袖からステージに上がっていった。




「どーも、タイガー&バーナビーの緑の方、ワイルドタイガーです!」

虎徹の挨拶にどっと笑いが起こる。

「今年もまた皆さんに会えて嬉しいな。タイガー&バーナビーの赤い方、バーナビーです」

そして、バーナビーの挨拶で再び黄色い歓声が沸き起こり、場内のテンションが一気に上がった。
どうぞお掛けください、と促され、二人は舞台中央に置かれていたパイプイスに虎徹、バーナビーの順で腰掛ける。

『今日はタイガー&バーナビーのお二人によるトークショーということで、先にいくつか注意事項をお話させていただきます。まず初めに、お越しいただいたファンの皆様には事前にアンケート用紙をお配りし、記入後に回収させていただきました。そこに書かれている質問や言って欲しいセリフなどをお二人に答えてもらう、というQ&A方式で進めていく予定ですのでご協力よろしくお願いいたします。なお、場内での撮影や録音は禁止ですので、その点もご了承ください』

二人と同じようにパイプイスに座った司会者の男性は注意事項を述べると、手元のアンケート用紙の束に目を落とした。

『たくさん来てますね。では、さっそく一枚目から』

そう言うと彼は一番上の用紙を左手で持ち上げ、書かれた文章を読み始めた。

『お二人に質問です。もしヒーローになっていなかったら何をしていましたか?なるほど、興味ありますね。では、ワイルドタイガーさんからどうぞ』
「俺はやっぱ、ヒーロー以外ってのは考えらんないですかね」
『確かに、ヒーローでないワイルドタイガーなんて想像できませんね。バーナビーさんはいかがですか?』
「僕は科学者かな。亡くなった両親がロボット工学の研究をしていたので」
『なるほど、それは素晴らしい』

好きな食べ物や好みの女性などなど、アンケート用紙に書かれた様々な質問に二人が答えるという形で、順調にトークショーは進んでいった。

『では、これが最後の質問です。ああ、その前にやって欲しいことが書いてありますね。…何々?何度か中継で見ましたが、生のお姫様抱っこが見たいです、とありますが』

「げ!」と叫んで立ち上がったのは虎徹だった。
隣のバーナビーはと言えばいたって涼しい顔でニコニコしている。

「ちょっと待ってください!あれは…」

確かに虎徹はテレビ中継時に、バーナビーに何度かお姫様抱っこをされるという失態をやらかしている。
だがあれはスーツ姿で活動中の出来事だったし、不慮の事故のようなものだから許せたのだ。
大の大人が、ましてやバーナビーよりベテランヒーローである自分が、こんな公衆の面前でそんな醜態を晒せるわけがない。
その時、焦る虎徹の横からしれっと声がした。

「いいですよ」

途端にまたつんざくような悲鳴が上がり、虎徹は思わず後ろにのけ反った。
喜んでいるのか、それとも抗議の声なのか?
恐る恐る見渡した会場内の様子からどうやら答えは前者のようだと分かった。
何がそんなに嬉しいのか、口元を押さえて叫ぶ女性たちの心理なんて虎徹には理解できない。
虎徹が怯んだ隙にイスから立ち上がったバーナビーはスマートな動作で虎徹の右わきと膝裏に手を回し、軽々とその体を抱き上げた。

「うわっ!」

いきなり体が宙に浮き、驚いた虎徹は振り落とされまいと無意識にバーナビーにしがみついた。
途端にまた、耳を塞ぎたくなるような叫び声が湧き起こる。
穴があったら入りたいとはまさにこういう心境のことを言うのだろう。
ああ、もうどうにでもなれと半ばやけくそな気持ちで、虎徹はバーナビーの首に両手を回した。

「…あとでどうなっても知らねーからな」

赤い顔でボソリと呟いた虎徹の耳に司会者の声が届いた。

『お二人ともありがとうございました。では、最後の質問です。バーナビーさんへ、好きな人に告白する時、バーナビーさんなら何て言いますか?』

思いがけない質問に、え?と二人は固まった。

「お、おい、もういいだろ。下ろせよ、バニー」

最後のファンサービスを邪魔するわけにはいかないと、慌てて虎徹がもがき出す。
しかし、バーナビーの腕はしっかりと虎徹を抱いたままで放そうとはしなかった。
それどころか逆に真剣な眼差しが虎徹へと注がれる。

「バニー…?」

ステージ上のバーナビーの異様な雰囲気に虎徹は息を飲み、会場内はしんと静まり返った。

「あなたが好きです。僕と付き合ってください」

マイクを通してはいなかったが、凛とした迷いを感じさせない声がそう広くはない会場に響き渡った。
一瞬の間を置いて、会場が凄まじい絶叫に包まれる。

「バニー、お前…」

ファンサービスなどではない、彼の真摯な思いが言葉を通じて伝わってくる。

「僕は本気です」

悲鳴や叫び声にかき消されそうになりながらも届いたバーナビーの告白に、虎徹は顔を真っ赤に染めた。





END

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