短編3
□FINAL DISTANCE
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シンと静まり返ったリビングの窓から外を見つめ、バーナビーはため息をついた。
窓の外には無限の闇が広がっている。そして、その暗闇のあちこちに散らばる無数の光。
キラキラと輝く光の下はきっと、今日のクリスマスイヴの夜を共に過ごす人たちで溢れかえっているのだろう。
仕事を終えた後、両親の墓参りを済ませて帰宅したバーナビーはもたれた胃を押さえ、リクライニングチェアに腰掛けた。
夕食は帰る途中に済ませてきたのだが、普段と違ってカップルばかりのイタリアンレストランは居心地が悪く、食べた気がしなかった。
これは失敗だったなと思いながら、ゆっくり味わう余裕もないまま店を出たバーナビーは人混みで混雑する街中を抜け、早々に帰宅の途についたのだった。
「虎徹さん、楽しんでるかな」
相棒であり、恋人でもある虎徹は娘の楓にプレゼントを渡すため、今は実家だ。仕事が終わるやいなや慌ただしく退社していった背中を笑顔で見送ったバーナビーだったが、本心はちょっと、いやかなり寂しかった。
たかが一晩会えないだけだ。明日になれば帰ってくる。
そう思うのに気がつけばため息ばかりついている。
いつからこんなに女々しくなったんだろうと自己嫌悪に陥れば、また大きなため息が出た。
シャワーを済ませてからも何となく寝つけずにいたバーナビーは来客を告げるチャイムの音に首を傾げた。
こんな時間に訪ねてくる人物の心当たりと言えば…。
(まさかな…)
ドキドキしながらインターホンに出る。
「…はい?」
「おう、俺だ。バニー、開けてくれ」
「虎徹さん!?」
声を聞くなり、バーナビーはすぐに解錠し、虎徹を中に招き入れた。
「こんな夜中に悪いな」
「いえ、それよりご実家に泊まるんじゃなかったんですか?」
「あー、いや、そのつもりだったんだけどな。楓が明日は友達ん家でクリスマスパーティーするとかで、朝から出かけるらしくてさ。プレゼントは枕元に置いて帰ってきた」
苦笑した虎徹はこれ、お土産、と右手に持っていた四角い箱をバーナビーに差し出した。
「途中でケーキ買ってきたんだけど、さすがにこんな時間じゃ食えねーかな」
肩を竦めた虎徹から慎重に箱を受け取る。
さすがに「嬉しい」とか「会いたかった」などとは素直に言えない。
代わりに何か気の利いた言葉でもと思ったが、こんな時に限って喉の奥につかえた言葉はスラスラと出てこなかった。
「ほんとはさ、もっと早く帰って来たかったんだ。今夜はお前と過ごしたかったし」
「…え?」
「だって、イヴの夜は家族で過ごすもんなんだろ?」
「…そこは恋人って言ってください」
微かに声を震わせ、バーナビーが言うと、虎徹は照れたように視線を落とした。
「それにさ、今日は大事な日だから」
下を向いたまま話す虎徹の声が緊張を帯びる。
「俺たちの再結成記念日…だもんな」
だからさ、今夜はお前をひとりぼっちにさせたくなかったんだ、そう言って虎徹は顔を上げ、バーナビーに笑いかけた。
「虎徹さん…」
「ちょっとカッコつけすぎちまったか」
自分で言っておいて照れ臭かったのか、指で掻いた頬がほんのり赤い。
バーナビーの胸の奥に熱いものがこみ上げる。
我慢できずに彼は目の前の愛しい人を力一杯抱き締めた。
「バ、バニー」
突然の抱擁に驚いた虎徹の声が裏返る。だがゆっくりと、その両手はバーナビーの背中へと回された。
「メリークリスマス」
バーナビーが囁けば、メリークリスマスと小さな声が返ってきた。
「…今夜は帰しませんから」
「今夜は帰らねーよ」
こんなやり取りができるなんて、自分は幸せ者だとバーナビーは思った。
かつて両親を失い、ひとりぼっちになった夜。ずっと孤独の象徴でしかなかったこの夜を二人の夜に変えてくれたのは虎徹の存在だ。
「メリークリスマス」
どちらともなく近づいてきた唇が重なり、二人で過ごす夜は静かに更けてゆく。
I wanna be with you…二人の想いはただ一つだけ
「いつまでもあなたと居られますように」
この聖夜に誓いを込めて。
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