長編
□CROSS ROAD
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静かなバーの店内に洒落たジャズ音楽が響く。
カウンター席に腰掛けた虎徹はグラスの中の焼酎を飲み干すと、お代わり頼む、と空のグラスをバーテンダーに差し出した。
「おいおい、ちょっとペース速くないか?」
「…今日は飲みたい気分なんだよ」
不機嫌に返されて、アントニオは大柄な体を軽く竦ませた。
確かに今夜、自分はヒーローのロックバイソンではなく、隣に座る男もワイルドタイガーではない。
ただの高校時代からの親友(いや、悪友といった方がいいか)で飲み明かしているに過ぎないのだから。
「なんかあったのか?虎徹?」
カラカラと手元のウイスキーグラスの氷を揺らしながら、アントニオは何気なく尋ねた。
「ん?別になんもねーよ」
一呼吸、間を置いて返事をする時の彼は嘘をついていることが多い。
そのことを長年の付き合いで知っているアントニオは、グラスの中のアルコールを一口含むと溜め息混じりにカウンター上で手を組んだ。
「それより、なあアントニオ、今夜お前んち行ってもいいか?」
「…なんだよ、急に」
「だから、今日は、」
―そんな気分なんだよ、苦々しく吐き出された言葉に今度こそアントニオの眉が顰められた。
アントニオと虎徹はもう長いこと、体の関係を持っている。
きっかけは何だったかなど思い出せないが、強いて言えば、虎徹が妻の友恵を亡くして情緒不安定になっていた頃だろうか。
あまりの憔悴ぶりに見かねた彼が虎徹へと手を差し伸べたことから二人の関係は始まった。
それからは何かに息詰まる度、痛みを紛らわせるように虎徹はアントニオを求めてきた。
もちろん、アントニオはすぐに己の取った行動を後悔したのだが、誘いを断ることで今まで築き上げた友情までもが壊れてしまう、そんな気がしてズルズルと関係を続けてしまっている。
(いや、それは言い訳だな。俺はあいつに拒絶されるのが怖いんだ)
虎徹と寝るようになって分かったことがある。
それは、彼が友情だと思い込んで心の奥底に隠してきた感情が、親友への愛情であり、そして劣情であったことだ。
「好きにしろ」
吐き捨てるようにそう言うと、あからさまにホッとした表情で虎徹は口元を緩めた。
彼は何も言わないが、何かよっぽど思い詰めるような事情があるに違いない。
感情を隠しきれない親友のこういうところは変わらないなと思いつつ、アントニオはふと脳裏に浮かんだ彼の相棒の名を口にしていた。
「そう言えば、お前、バーナビーとは上手くいってんのか?」
「…」
アントニオにしてみれば何気ない質問。
だが、虎徹にとってはそれは今日、最も触れてほしくない話題であった。
「上手く…ねえ」
「ジェイク事件の後のあいつ、えらくお前に懐いてたじゃねーか」
「まあな…」
出会った当初のことを思えばタイガー&バーナビーは今や、最強のヒーローコンビだ。
当時、虎徹から相棒の若者の愚痴を散々聞かされてきた身としては、現況くらい聞いても罰は当たるまい。
「あんなに生意気だったのになあ。お前なんか、オジサン呼ばわりされてたし」
「ああ、ほんとクソ生意気な奴であん時ゃ、腹立つことばっかだったな」
「それが今では『虎徹さん』だもんな。気分はどうなんだ?」
からかい口調でアントニオに小突かれた虎徹は珍しく、その顔を曇らせた。
「虎徹?」
「…あん時の方がよかったよ」
意味が分からず、アントニオは虎徹の次の言葉を待つ。
「俺さあ、あいつに、バニーに好きだって告られちまった」
親友から告げられた思いもよらない内容の告白に絶句したまま、アントニオはただ彼を見つめることしかできなかった。
つづく
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