長編

□CROSS ROAD 2
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あまりの衝撃に動きを止めたアントニオの手の中で、溶けた氷がカランと音を立てる。

「お代わり入れましょうか?」

囁くようなバーテンダーの声に我に返ったアントニオは「頼む」、とグラスを差し出すと隣りの虎徹へと視線を戻した。

「すまん、今のお前の話なんだが…」

言いにくそうに口ごもる彼の前に新たなウィスキーグラスが置かれる。

「だーかーら、バニーに告白されたんだって」
「それって、その、先輩として尊敬してるとか、そういう意味じゃなくて…か?」
「…なら、よかったんだけどな」

黙り込んでしまったアントニオはグイッとウィスキーをあおると、やがて静かに口を開いた。

「なあ、虎徹…」
「あ?なんだよ?」
「一つ確認しておきたいんだが、」
「もったいぶらずにさっさと言えよ」
「バーナビーはその、ゲイだったのか?」

途端に虎徹は焼酎を盛大に吹き出した。

「んなもん、俺が知るかよ!」
「だ、だよな」

それきり、二人の間を苦い沈黙が漂う。

「…多分、違うと思う」

不意に呟かれた言葉が先ほどの問いへの答えだと気づいて、アントニオは深い溜め息を吐いた。
別にゲイの人間を差別する気はさらさらないし、愛の形に性別など関係ないことも己が身を持って体験済みだ。

「あのキングオブヒーローでイケメン、人気No.1のバーナビー様がこの俺に惚れてんだとよ」
「そりゃ…また」
「ジョークとしても笑えねぇよ」
「気の毒に」
「だろ?」

頬杖をつき、同じく溜め息をこぼす虎徹にアントニオは苦笑いする。

「お前じゃねえよ」
「はあ?」
「俺は、バーナビーが気の毒だって言ったんだ」
「なんでだよ!」

激高する虎徹をまーまーと宥めながら、アントニオは手元のグラスに視線を落とした。


「で?あいつの本気の告白にお前は何て答えたんだ?」
「……」
「ここまで話したんだろ。正直に白状しちまえ」

虎徹はしばし、何か言い淀むように口を動かしていたがやがて観念したのか天井を見上げ、目を細めた。

「オジサンをからかうんじゃない、って笑って誤魔化した…」
「ほら見ろ、やっぱりひどい奴じゃねーか」
「……」

痛いところをつかれたのか、虎徹がぐっと黙り込む。

「まあ、賢いあいつのことだ。お前のその反応は想定内だろうがな」
「じゃあ、俺はなんて答えりゃよかったんだよ」

ふてくされたように口を尖らせる彼は自分同様、色恋には向いていない。
恐らく、その不器用な魅力に気付いた人間だけが彼に惹かれてしまうのだろうとアントニオは思った。
例えばバーナビーや、ブルーローズ(本人は隠しているつもりなのだろうが)も、しかりだ。
そして自分もまた、彼らと同じく。

「あいつはさー、勘違いしてんだよ」
「どういう意味だ?」
「バニーってさ、今まで両親の復讐のためだけに生きてきただろ。それもたった一人で、孤独にだ」

虎徹は自分に言い聞かせるように喋り続ける。
が、しかし、今のアントニオには彼の言葉が体のいい言い訳にしか聞こえず、次第に苛立ちが募り始めた。

「そこにたまたまコンビだとか言って俺が現れてさ。何だかんだ反抗しつつも段々と情がわいてきて、こう、絆されたっての?」
「……」
「ほら、鳥の刷り込み現象だっけか?初めて見たもんを親と勘違いするっつーやつ、あんな感じで俺への気持ちを愛情だと勘違いしてんだよ。きっと」

珍しく饒舌に語る虎徹をアントニオは冷ややかに見つめた。

「お前、本当にそう思ってんのか?」
「…それ以外、何があるってんだよ」
「そいつが本心なら俺はもう、何も言わん」

突き放すような物言いにぐ、と唇を噛み締めて虎徹がうなだれる。

「…じゃあ俺は、どうすりゃよかったんだよ」
「……」
「…あいつは男で俺も男だ。どうにもなりゃしねえじゃねーか」

微かに震える声に思わず、アントニオは声を荒げていた。

「なら!お前はなんで俺と寝る?」

弾かれたように見上げた友の顔はひどく苦しげに歪んでいて。

それを見た虎徹の胸もまた、いいようのない痛みで締め付けられた。










つづく



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