長編

□CROSS ROAD 3
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「…重いんだよ、あいつの想いは」

目を逸らさずにそう告げた虎徹もまた、苦しいのだろう。
カウンターの上で握り締められた拳がかすかに震えていた。

「お前とは…違う」

残酷な台詞を吐く彼はヒーロー仲間や近しい人間に見せるのとは違う、別の顔をこんな風に時々アントニオにさらけ出す。
それはアントニオに優越感を与える一方、同時に絶望感をも与える。

(本当に、お前はズルい奴だ)

虎徹が親友のアントニオにだけ見せる弱い一面は、もう一歩を踏み出そうとする彼の行動をいつもこうやって邪魔するのだ。

「それがお前の本音なんだな」
「…そうだ」
「そして、お前は俺の気持ちも分かった上で、今の関係を続けたいと」
「それ以上は言うな。聞いたら、俺達の関係も…」
「ジ・エンドってことか」
「……」
「やっぱ、お前、ひどい奴だよ」

黙り込んでしまった虎徹から目を逸らすと、アントニオは手元のウイスキーを飲み干した。

「‥いや、俺も同罪か。とにかく、揉め事は御免だからな」
「…分かってる」
「それから、これは親友としての忠告だ。バーナビーが真面目に気持ちを伝えてきたんなら、お前も真面目に答えてやれ。その気がないなら、はぐらかしたりせずにキッパリと断ってやるんだな」
「…ッ」
「それがあいつのため、ひいてはお前のためだ」

一息にそう言うと、カウンターテーブルに札を置いてアントニオは立ち上がった。

「…俺にはあいつの、その潔さがうらやましいよ」
「アントニオ…」
「悪いが、今日は帰る。お前も少し頭冷やせ」

頭上で右手を上げ、店を出て行く彼の後ろ姿を虎徹は引き止められずに、ただ見送ることしか出来なかった。


「くそッ!」

舌打ちすると、虎徹もまた焼酎を飲み干す。

「焼酎のお湯割り、もう一杯!」

一夜を共にするつもりだったアントニオが帰ってしまった以上、後はアルコールに頼るしかない。
今夜は酔いつぶれる覚悟を決めた虎徹はふと、胸ポケットからの振動に気づいて携帯を取り出した。

「バニー…」

着信相手はまさに、噂の相棒だった。

「……」

しばらく虎徹は着信画面を眺めていたが、一向に止む気配のない呼び出しコールに渋々通話表示を押した。

「もしもし」
『あ、虎徹さん…』

なかなか繋がらない通話に半ば諦めていたのだろう。
バーナビーが驚きを含んだ声で名前を呼んだ。

「どうした、バニー?なんか、急用か?」
『いえ、そういう訳では…』

いつもの軽い調子で尋ねてやると、バーナビーはバツが悪そうに受話器の向こうで口ごもる。

「何だよ、お前らしくないなあ。あ、それとも怖い夢でも見て、オジサンの声が聞きたくなったか?」

おどけた口調でそう、からかうと途端に『違います!』と返され、普段と変わらないやり取りに虎徹は内心、ホッと胸をなで下ろした。

『でも…』
「ん?」
『半分は当たってるかな。あなたの声が聞きたかったというのは事実ですから』

偽りのない彼の言葉に虎徹の胸がズキリと痛んだ。

「…またまた、バニーちゃんたらオジサンからかっちゃ、ダメだろ」

出来るだけ明るく振る舞いながら告げた言葉はバーナビーを傷つけた分、虎徹にも同じだけのダメージを与える。
一瞬の沈黙に気づかぬ振りをして、虎徹は無理に口元に笑みを作った。
通話の合間に微かな溜め息が漏れ聞こえて、まるでバーナビーの悲しげな顔が見えるようだと、彼は思った。


『そうだ。ねえ、虎徹さん。明日、シミュレーショントレーニングしませんか?』
「珍しいなあ。お前、あれ嫌いじゃなかったか?」
『そりゃ、実戦が一番ですけど、日頃から訓練しておけばいざという時に役立つと思うんです』
「なるほどな…。分かった。明日は久しぶりにシミュレーションとやらをやってみっか」
『では、また明日に』
「ああ、お休み、バニー」
『…おやすみなさい』

これで今夜は帰る理由が出来ちまったな、と虎徹が通話を切りかけた時だった。

『虎徹さん』
「なんだよ、バニー。まだ、なんか用か?」
『今更なんですけど…今、外ですか?』

緊張した声音にふと、虎徹の中で意地の悪い感情が沸き起こった。

「ああ、馴染みのバーでアントニオ、あ、ロックバイソンと飲んでる」
『そう…ですか』
「よく分かったなあ」
『何だかちょっと、周りが騒がしかったので』
「今日はあいつんちに泊まって飲み明かすつもりだったんだけど、明日その、シミュなんとかやんのなら、やっぱまずいかな。俺もオジサンだしな」

わざと笑いながらそう言うと、バーナビーは言葉に詰まったようだった。

「じゃな、今度こそ切るぞ」
『…あまり飲み過ぎないで下さいね』

そのセリフは、バーナビーの精一杯の強がりだ。
そう感じ取った虎徹は急に罪悪感に襲われ、慌てて電話を切った。

(なにやってんだ、俺は…)

「クッ、は、はは…」

乾いた笑いが込み上げてくるのに胸の中心が激しく痛む。


『あなたが好きなんです。虎徹さん』


脳裏に浮かんだ彼の真摯な瞳が、まるで責めるように虎徹に迫る。
何もかも忘れたくて結局、虎徹はその夜一晩中、アルコールに溺れたのだった。









つづく



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